青森県株式会社の【法人】鑑定を終えて<4>

これの繰り返しがパターン化するうちに、社員たちは「認められている安心感」に浸るようになります。
子供の成長過程で最も大事な親からのメッセージ「お前のことを心から愛しているよ。なぜなら、お前がお前であるからだ」が、常に社長から発されているからです。

決して「お前は○○をしてくれるからエライ」とか「お前は××を持っているからスゴイ」などとは言わないのです。
基本的に「評価」ではなく、「お前ってすごいな」という社長が受けた驚きを、そのまま伝える論調です。

青森社の社長から何となく連想してしまうことですが、古代中国の漢帝国を築いた劉邦は、自身の能力は高くないが、良い意味でそのことにあぐらをかいてしまう人だったようです。
部下の能力に嫉妬せず、細かく規則を作って束縛することもなく、嫌だと思う部下についても他人から諭されると、自分のその感情を抑えることができたといいます。

そういうトップが部下を擁して君臨し続けるうち、時間の作用で「ものが言いやすい上司」「行動責任(実行の決断)を負えばいい上司」そして、「行動の結果が失敗であっても結構許されてしまう上司」といった条件が独特な職場環境を醸成し、優秀な部下が育つだけでなく、他所からやってくるようにもなりました。

青森社の社長を漢帝国の初代皇帝になぞらえるのは、彼を誉めすぎかもしれませんが、似たタイプであることは確かなようです。
何せ彼は、ビジネスモデルを安易に組んだまま見直しもせず、膨張期のアドバイザーを間違え、店舗展開や広告などの追加投資では会社を傾ける規模で失敗し、常識はずれな人数を採用し、業績低迷に焦って上場話に乗りかけるなど、『優秀なビジネスマン』なら呆れかえってしまうような行動のオンパレードで、とても見ていられないようなダメダメぶりです。

劉邦も、宿敵の項羽との戦いでは、とことん負け続けます。
全軍崩壊レベルの敗戦や、陣を構えた項羽に恐れおののき、降伏しに出掛け、その席上で殺されかけて命からがら逃げかえってくるような情けない姿を何度も部下にさらけ出しますが、それでも優秀な部下たちが彼の傍らから去ることなく、結局それによって「最初で最後の1勝」を実現させ、項羽を降して歴史を作った名経営者です。

ダメダメ社長の一部始終を見ながらも、そここそが自分の働きやすい職場であると感じ、日常業務の延長で高い専門性を身につけ、結局それが商売にできるレベルになっていた。
これは、社員たちをそのようにしてしまう社長の手腕だったと考えれば、やはり青森社の社長は名経営者なのかもしれません。

こういうのを『人徳』というのでしょうね。
それに奢って感謝を忘れたりすると良くないですが、『徳』を『得』に置き換えて、「失わないように、感謝しておこう」などと、計算ずくでとか、義務で感謝するようでは、きっと『徳』は失われてしまうでしょう。
青森社の社長は、どうもそんな薄っぺらいタイプではないようです。どうみても「憎めないおバカさん」といった感じですが、それこそが、簡単にマネのできないこの人の才能であるように思えてなりません。

<おわり>

青森県株式会社の【法人】鑑定を終えて<3>

青森社は連年の好業績で社内留保がタンマリあったため、財務体質に余裕があったという点で、これもまたゲタを履いているのですが、以下のストーリーが展開しやすい状態にありました。

業績が下がってきた時に社長は、社員たちが醒めてしまうほど、会社が誕生してからの成長記を熱く語ります。
実は社長の不安の裏返しにすぎないのですが、「ただの強がりやごまかし」でないところが、結果的に吉と出たのでしょう。
強がりやごまかしは、構図でいえば、社長⇔社員という対立構造の中で発生しますが、共に苦難を乗り越えた物語はいわば、社会⇔オレたちと、共通の仮想敵と戦った実歴です。

そして、「熱く語るストーリー」の中で、社員ひとり一人が実名とともに、その活躍を描写されます。

「今、この業務がこの形になっているのは・・」、「大阪支社が全拠点で一番多くの営業マンを使いこなせている力の根源は・・」、「東京支社が本社のサポートまでを迅速にやり遂げられるようになったワケは・・」など、何かの成り立ちの一つひとつは、「誰それはこういうヤツで、コイツのこの働きがあったからだとオレは思っているんだ」と、社員たちの前で繰り返し語り続けるのです。
おそらくその分析も甘かったように思えますが、社長がそう考えている以上、社長の話の中ではそれが真実なのです。

非難や叱責なら、事実と違えば言い訳したくなりますが、自分に感謝して褒めてくれている相手をさえぎってまで話の腰を折れる社員は多くないでしょう。もともと、青森社に採用された社員は、フランクな社長の意思に合った人達ですから、多少の歪曲は気に留めない性格を備えています。

トップが自分の能力や働きを、他のメンバーたちに感激感動の想いと共に語ってくれるので、照れくさくもあり、呆れながら聞いているうちに、筋立てや順番が社員たちの記憶にも残るようになってきます。
そのうち、社長のトークを聞きながら「ここでそろそろ俺の出番だ」などと、うっすら期待するようにさえなります。
歌舞伎の舞台なら、掛け声をかける瞬間を狙って身構えるようなものでしょう。

ちなみに、小説の中でも描写しましたが、『社長の話は、年々ドラマチックになっている』というのは、社長にとっては偶然の産物でしょうが、これは社員たちの心に刺さるポイントです。
同じフレーズの繰り返しではなく、表現方法や、時折別のエピソードが加わることでスケールアップしてきます。
マンネリ化を防ぎ、「次はどうなるんだろう? 俺の活躍は」と、連続ドラマで次回の話が気になって、次の週を楽しみにしてしまう心理も働きます。

この場合、「次回の話」というのは『次週』ではなく、『次に社長が語ってくれる日』となります。
結構長いスパンで、楽しみにしてくれるようになります。
その間には、やたら忙しい日や、クレームを受ける日や、体調の優れない日など、様々なバイオリズムが訪れますが、ハマっている連続ドラマ(自分自身が登場するので非常に関心の高い)を楽しみに待つという底流がずっと存在します。

言葉を変えれば、社長という語り部に、会社の楽しさを見出しています。
自分を認めて称賛してくれるトップに、引き込まれています。それは、自己愛による部分も当然ありますが、いずれにせよ「ウチの社長は面白い」と家族や友人に話します。

<つづく>

青森県株式会社の【法人】鑑定を終えて<2>

青森社の社長は、忙しすぎてクレームが多発したときには、ずいぶんと大胆に大勢の人を採用しました。
昨今の企業の感覚では「ムダに人を採りすぎ」と、採用計画の段階で大鉄槌を加えられるレベルです。
しかし、青森社のケースでは、採用計画はオーナー社長自らが決定しているので、誰からも掣肘されることはありません。
「ヤバい」と思った時に、その狼狽をありのままに反映した人数が、一気に入社しています。

一時期に大勢が入社したため、最近の中小企業ではほとんどなくなっている『同期仲間』が何人もできたことが、その後の様々な事象に対する耐性を高めたり、競争意識で切磋琢磨する実感などを育む原動力になりました。

↑↑これ、この感覚・・。
私の周りでも意外に意識されていませんが、不況ゆえ新人をあまりとらなくなった環境変化に慣らされた『古き良き時代の方々』は、今の時代の人たちとの、このギャップに気づいていません。

不況以前に新人時代を過ごした自分は当たり前に『同期の仲間たちと共に、会社と付き合っていく経験』をしたけれど、今の若い世代の多くがこの感覚を持つことなく社員として日々過ごしていることに気づきません。
同じ会社に入社して、同じ文化や価値観の中で過ごしながらも、根本的な部分で共有関係を持たない相手のことを、「単に世代が違うだけの仲間」と勘違いしたまま教育している人が結構います。

上司と『ひとりっ子部下』の核家族化。
あるいは、
外(他部署)との人間関係を持たずに『家の中で一人遊びする』子供(若手)。
という状態が、ずいぶん多くなっているはずです。

兄弟(同期)の多かった時代に育ったベテランは、自分が慣れ親しんできた価値観が、少子化時代の子供(後輩)には当てはまらないという事実に直面します。
昔なら当たり前にあった、『仲間との付き合いの中で勝手に育つ部分』はそれほど期待できず、一人で情報を統合整理して結論や計算結果を出す速さを持っている割に、「肝心なところが鈍いんだよなぁ」などとブツブツ言っていたりします。

少し話がそれましたが、青森社の話に戻ります。
業務で辛い思いをしていることについて、フラットな関係でフリーダムに語らい、理解し合える仲間がいると、痛みも和らぎます。
また、「こうしたら良くなるのに」といった改善ポイントを、多数派の意見として上に伝えることでそれなりの力(発言権)を帯び、助け合いながら会社を変えていく実感を持つことができたメンバーが、後に中核をなしました。

そして、それらの改善効果や、その他さまざまな要因で業務に余裕出てきた頃になると、今度は業績降下の問題が発生します。
これも本来は、社員を不安にさせる要因です。

<つづく>

青森県株式会社の【法人】鑑定を終えて<1>

青森県株式会社の鑑定編が、ようやく終わりました。
鑑定の様子を知りたい方はこちら
書き上げるまでに3か月もかかり、その間にいろいろな心境の変化もあったせいでしょうが、当初の構想とは大幅に異なる結末となりました。

『識者を擁する企業』という条件を軸にして苦境を脱出、という筋書きは最初から変わっていないのですが、社長の扱いは完全に正負がひっくり返りました。
運頼りでどうしようもないダメ社長を、優秀な社員たちがカバーするという一点に絞ってストーリー展開するつもりでいたのですが、青森社が東京と大阪の支社を撤収するトピックが発生したときに、私の頭の中でスイッチが切り替わったようです。

「この人が、支社の閉鎖にあたって、そう簡単に社員の首切りをするだろうか?」

ビジネスの手腕という点では、もともとが金持ちのボンボンなうえ、家具レンタルの商売については「楽にひと儲けできそうだ」と、割と安易な思い付きで始めたものです。
国家機関にコネがあったことで、そこに勤める事務官たちの手助けを借り、いわば『ゲタを履いて神輿に乗って仁王立ち』といった形で、そこそこの高さの目線を得ました。完全に、地に足がついていない状態です。

まったくもって『地力』とは縁遠い経歴ではありますが、彼は鷹揚な性格という一面を持ち、人好きのする空気感をまとっています。
そのため、自分の周囲の人々に対して、心理的に敷居が低い特性を持っている、というキャラクターでした(小説の登場人物として)。

そんな彼が社員たちを日ごろどう扱っているか、について色々と考えるうちに、
(青森社の社員はなぜ、お客さんの家具選びや間取りの相談までを受けられるほど、専門的な能力を持ち得たか)
という、「識者が育成された過程」に思い至りました。

彼らの多くが青森社に入社した頃というのは、会社は急激な上り坂で、社内は鳴るような多忙さです。じっくりとものを考える暇などはありません。とにかく目の前のことを片付け続けるのが最優先で、左脳的な仕事が要求される毎日でした。

そして、成り行きで出来上がっているスキだらけの業務オペレーションでは、膨大な注文をさばききることができず、ミスを連発し始めます。
それはやがてクレームの嵐へと姿を変え、ただでさえ多忙な業務の間に、お客の怒声として強烈に割り込んできます。

こういう時によく有りがちなのは、クレーム対応にてこずる部下が、上司にその相談をしても逃げ腰で頼りにならず、無理やり前面に出されて必死でしのいでいるところに、上層部からは助け舟どころか「もっと効率を上げろ! いつまで一人の客にてこずっているのだ!」とプレッシャーがかかる、という図式です。

こうなると、社員は不安になります。
「誰も助けてくれない。まともに話を聞いてもくれない。このままだと、つぶされてしまう」
社員が不安になると生産性が下がる、というのは公式といっていいでしょう。やがて、入っては辞め、入っては辞めが繰り返されるようになり、良くないことになるのは目に見えています(あえて細かく描写しません)。

ところが逆に、社員が安心感を得ていると、創造性が発揮されて業績が上がるとか、すぐには上がらないにしても、業績が上がる地盤となるような職場環境の形成が期待できます。

<続く>

戦略的パワーユーザー<10>神は細部に宿り、天才は細部を仕組む

ダイエーとイトーヨーカドー、どちらも同じころから大規模展開をしてきた、日本を代表するスーパーマーケットですが、その趣は大いに異なります。
「売り上げは全てを癒す」と豪語した中内会長が率いたダイエーは、積極的なメディア展開やプロ野球球団の買収など、とかく派手やかな印象を感じさせてきました。
一方、利益重視のイトーヨーカドーといえば、現在も「行ってみヨーカドー」などのCMで知名度は抜群ですが、どちらかというとその子会社であるセブンイレブンの、「コンビニ業界」の先駆けとなった鮮やかなビジネス展開が目を引き、生みの親のほうは比較的控えめな印象があります。

「スーパーマーケット」というカテゴリ自体が世の中に提供する価値は、会社の個性ぐらいではそう大きく変わらない(だからこそ『競合』という言葉が当てはまる)と思いますが、その中で働く人たちにとっては、「個性(戦い方)が違う」というのは運営方法が大きく異なることなので、もし2社間で転職した場合、業界経験はあってもこれまでとは全く違うカルチャーに合わせていく必要があります。

秋山真之は明治35年に海軍大学校の戦術教官になります。年譜によれば34歳頃です。
一方、真之より2歳年上で、山屋他人(やまやたにん)という先輩がいました。変わった名前です。
この人は明治31年、つまり真之より4年早く、32歳で海軍大学校の教官になっています。

山屋他人は日本初ともいえる「海軍戦術」を編み出して普及させた人です。
それは“円戦術”と呼ばれ、敵に対して回り込むように艦隊を運動させて攻撃するというもので、後の日露戦争で単縦陣(一列縦隊)からの“丁字戦法”のもとになったと言われているようですが、どう違うのかが、私にはずっとわかりませんでした。
歴史話によく登場する丁字戦法ばかりが有名で、日本初の海軍戦術を生み出した天才・山屋他人の姿は、謎の“円戦術”と共に、私にとっては長いこと幻の存在だったのです。

しかし、『秋山真之戦術論集』の中で、秋山真之は「“丁字戦法”と“円戦術”とは全く違う」と主張しています。

「敵に対し好位置を占めて有利に戦う条件として、『彼の円戦術のごとく』“距離”を基点に考えてはいけない」と否定的です。
(この『彼の円戦術』という言い回しは他の所でも出てきますので、否定というより「それと比較して」という具合に、引き合いに出して論じるのが目的だったようですので、当時の日本海軍では円戦術がひとつの規範になっていたらしいことがうかがい知れます)

“円戦術”では、最も砲撃しやすい距離に自軍の艦隊をもっていくことを提唱していたようですが、“丁字戦法”では距離の如何を問わず“隊形”を基点に置かねばならないとしています。

つまり、攻撃目標に対して砲を集中しやすい陣形を取ることを重視しており、端的に言えば大砲のフォーメーションが良い感じにさえなれば、距離のほうは照準で合わせるから、戦闘力の4大要素のひとつ『運動力』は距離を保つためではなく、角度を保つために活用するということになります。

当時の新鋭艦同士の戦いでは大砲の性能はほぼ同じであり、「砲撃しやすい距離」は敵味方とも同じになるので、一生懸命動いて有利なポジションをとっても、敵にも同じ利益を与えてしまう。
そのため、“円戦術”は実質的に有利な条件とはならない、というのが秋山真之の分析だったらしく、そのことが簡潔に書かれています。

ダイエーとイトーヨーカドーの話に例えると「売上」が「距離」、「利益」が「隊形(大砲の向き)」といったところでしょうか。
経営上、イトーヨーカドーに対してちょっと分の悪いところがあったダイエーは、対等な叩き合いでは強かったが、多彩な戦い方を支える利益の確保に弱点があったというのが、不振の大本の要因だったのかもしれません。

とにかく、戦術教官が山屋から秋山に変わり、日本海軍の意識は、「敵に対して有効距離を保つ」としていたそれまでの基本的指針とは大きく変わりました。

・・・実は、この稿ではこの後、これを現代風に置き換えて、TVゲームになぞらえて書き進めたりしたのですが、どうにもまとまりが無くなってしまったため割愛します。

それで、こういう「トップの方針転換により日常業務の運用が変わった場合」の企業内の実務担当者の対処法について、少しだけ書きます。

よくある話ですが、大体が急な転換であり、当然、運用変更に伴うマニュアルなどは用意されず、実務担当者たちは日常業務をこなしつつ、「臨時のつもりで」エクセルの列を増やしたり、自分しか意味が分からないセルの色付けをしたり、セルのコメント機能を使ってやたらと書き込んだりして、日々なんとかしのぐことに全力を尽くします。

毎日、次の瞬間未知の何かが起こるやも知れず、常に身構える羽目になり、余力もないので業務プロセスをマニュアルにして標準化を図ったりすることはできません。
つまり、内部統制の天敵である『属人化』が一気に進行します。
上記のエクセルにおける臨時対応のように、スプレッドシートに作成者が間に合わせで追加した、独自の意味や機能が継ぎ足しされ、他の人が見ても理解できなくなるという実例は、皆さんの所でも見渡せば嫌というほどあるのではないでしょうか。

秋山真之がやったように、方針転換した張本人が自ら指導し、思考法から用語の統一まで手を砕くなどというケースは、現代のビジネスパーソンである私たちからしたら実に理想的です。
というか、本来は『当然のこと』です。
現場の実務担当者からしたら、その『当然のこと』はトップがやってくれないと生産性は向上しないというのが当然の言い分です。
一方、経営者からすれば、その『当然のこと』まで自分がやっていたら、会社を切り回せないという切羽詰まった事情があります。

私の感覚では、その中間に立って両者を取り持つ存在こそが『戦略的パワーユーザー』という人種なのです。
要は「仕組を創造する現場感覚」と「仕組を創造するデータベース技術」を併せ持つバランスの持ち主です。

データベースから導き出した定性的な条件を元に現場の方針(全体としての効果的な勝ち方。つまり『戦略』)を創出し、同じくデータベースから導き出した定量的な条件を元に現場の作業手順(繰り返し作業。つまり『戦術』)を構築する人材です。
経営者が、そういう人材をどうやって見つけ出し、育成するかということについて、引き続き表現していこうと思っています。

『秋山真之戦術論集』。改めて紐解いてみると実に面白いのですが、キリが無くなりそうなのでいったん終了します。
すっかり止まっている小説のほうを進めたいと思います。
「競合」に弱い強運経営者の迷走~まだ遅くない、地力の作り方
下町の名工~成長期撤退の美学
これらの展開をお待ちください。

戦略的パワーユーザー<9>「判断」と「作業」は別担当

さて、『秋山真之戦術論集』、もう少し掘り起こしてみたいと思います。
戦闘力を構成する4つの力のうちの4番目、「通信力」についてです。
通信力の比重は戦闘力の中でも最も低く、秋山真之の差配では「1」としてあります。

通信力を構成する『機力』として、信号機、無線電信機、艦内通信機が挙げられ、『術力』としては信号術、電信術、その他通信技術となっています。

信号機は目視範囲内の他艦との通信用機器。無線電信機は目視範囲を問わない通信用機器で、同じ海域内にいる味方への通信のほか「秋山真之の出撃電文」でも書いたように、対馬海峡から遠く離れた東京への通信にも使われました。
艦内通信機は読んで字のごとく、自艦の内部にいる乗組員への通信用で、日露戦争当時には「伝声管」といったものが使われていたようです。

通信力についてのくだりで秋山真之は、「通信力が戦闘力の価値第4位にあるのは効能が低いからということではなく、(当時の)戦闘自体がおおむね人間の視界内で行われるため、人工機関に頼ることが他の力に比べて少ないからである」と言っています。
人工機関(機力)に頼ることが少ないということは、機力 × 術力を戦闘力とする秋山式の戦術計算でいえば、被乗数そのものが小さいということで、乗算の積としては他の3要素に比べて小さくならざるを得ず、だから「価値4位」としているようです。

しかし、通信機関の品質については大変厳しく、「艦内通信、艦外通信の別を問わず、確実にして且つ迅速なるものを要す」とし、確実だが遅いとか、早いけれど不確実な通信機は認めないという価値観を徹底しています。

秋山真之は三六式無線電信機にいち早く着目し、その採用に奔走したといわれています。
戦闘力の内訳としては比重を軽くしましたが、通信力そのものの価値は、特定機器の採用のためにわざわざ軍制にくちばしを入れるほど重視しており、「4大要素としては低いから、通信機以外の他の要素の研究に力を入れよう」と考えてしまうのは間違いです。

私は10年ほど前に初めてこの本を読んだとき、「通信力」のくだりでもマーカーを引いていて、それは次の1文です。
「将校の担任に属する通信法の制定に至りては最も明晰なる組織的脳力を要する至難の事業なりとす。」

通信力の『術力』は、各種通信機を使用する技術であって、それは下士卒の業務になり、その練習や実施は「決められたとおり」にすればよいため、比較的容易だとしています。
ということで、通信力において難しいのは「下士卒の業務運用法を決める」ことであるとしています。

つまり、戦術を円滑かつ効果的に行わしめるための『仕組』づくりが「明晰なる組織的脳力要する至難の事業」であると秋山真之は規定しているわけです。

現場作業員に運用の制定までを丸投げして「これはお前たちが受け持つ『作業』だ」と言い放つ将校は、使えない通信機と同じで秋山教官からは劣等生の烙印を押されてしまうでしょう。
ビジネスの現場において、こういった「将校」のような人は非常に多く散見されますが、『仕組』の発想がない土壌で育ったベテランが陥りやすい一特徴です。
戦術的なパワーユーザーは、一業務に「判断」と「作業」が混在する質の悪い指示を、その経験を活かして分けてしまうことに比較的長けています。
だから、「作業」だけを抜き出してそれを自動化するツールを作れたりするのですが、その効果を汎用化できないという点で別な弊害をもたらすことが多い。

ただ、上で述べたように、それは彼ら戦術的パワーユーザーのせいばかりではなく、そういった質の悪い指示を出す「将校さん」たちに原因の大半があるのではないでしょうか?

『秋山真之戦術論集』、面白いです。次回もこれを題材に話を広げてみたいと思います。

戦略的パワーユーザー<8>戦闘力を高める秘訣

『秋山真之戦術論集』は巻末の表示を見ると「2005年12月10日 初版発行」となっています。
私が購入したのは発売から間もないころで、大きな書店では平積みで置いてあったように記憶しています。
内容や価格からして、その後版を重ねたとしても、発行部数自体は少ないでしょう。ひょっとしたら初版本しか存在していないかもしれません。むしろその可能性が高く、世間に出回ったのは5千部にも満たないのではないでしょうか。

今改めて読み返すと、私が書き連ねている『戦略的パワーユーザー』についての記述の源泉が、この中に随分あることに気づかされます。
その他の読書から得られたインスピレーションや、自分の実体験を経たオリジナリティがアレンジされているため、そう感じられることはほとんどありませんが、ビジネス上の論理構築や表現方法は、この本から得られたものが多い気がします。

私の仕事現場におけるスタイルの中では、やはり平成仮面ライダーが源泉になっているものよりも、戦術論集のほうが、外に向かって堂々と主張しやすくなりますね。ことビジネスにおいては、ですが。

ところで、攻撃力に関する論述のごく最初の部分で、当時の私がマーカーを引いたところがあります。
「攻撃力のうち、人的能力であるため定まった形を持たない『術力』は、兵器として形をもって存在する『機力』の活用において顕在化し、一定の成功を得るもとになるものだ」という一文です。

元の文をちょっとだけ引用すると、以下の記述です。
「攻撃力の無形的術力は有形的機力を活用して其潜力を現力に変化し或る成功を為さしむるものにして・・・」
とあり、術力がゼロではどんなに優れた兵器を持っていても効果はゼロになり(無限大 × ゼロ = 0)、機力が小さくても術力が大きければ、高い機力を使いこなせない敵よりも、むしろ攻撃力は高くなると言っています。

「基幹システムに金をかければウチの業務は低減して人も減らせる」とばかりに、術力の養成を無視してスペックの高さばかりを頼りにしたら、扱いづらい新システムに振り回されたあげく期待した効果は得られなかった、という実例は枚挙にいとまがありませんが、乗算の法則としてそうなるのは当たり前の話です。

有形の機力を金の力で調達するのは、お手軽でおまけにスピーディーに思えますが、企業の戦闘力も乗算であることを忘れてはいけません。
システム会社は「できる限りお力になります」と言いますが、彼らは土に植える作物(機力)を調達する役目しか果たしません。
植えた作物を育てて収穫に導く土壌の養成(術力の養成)は、システムを依頼する会社が果たすべき無形の課題で、それの出来次第で戦闘力は大きく変わります。

ほとんどの会社は術力の養成から目を背けて、「システムさえ入れれば改善される」と、自社の課題を放棄し、乗算の乗数を自ら下げてしまいます。
痩せて悪化した土壌に作物を植えれば、当然作物にも悪影響があります。
養分吸収が弱く、虫を追っ払う天然の害虫忌避成分は作れず、温湿度や日照など外界変化への適応力が低く、常に何らかの手(費用)をかけながらでないと一定の成果が出せなくなります。

システム導入の結果増加(発生)することになったコスト(振り回され費)は、システム導入のために発生したコスト(システム会社への支払い)が霞んでしまうほど膨れ上がっても、日常業務に根差した支出になっているため意識されず、組織自体がそれほどの『高コスト体質』になってしまっていることには気づけません。

秋山真之が「連合艦隊解散の辞」で述べている(実際に読み上げたのは東郷平八郎)「百発百中の一砲能く百発一中の敵砲百門に対抗し得るを覚らば・・・」という部分は、“良い兵器を持て”と言っているわけではなく、兵器は常に進歩するものとはいえ完全無欠には成り難いので、これを効果的に活用する術を構ずべきは使う側であり、研究を怠るなという意味だそうです。
軍人たるもの、平時であれ戦時であれ、常に術力の養成に努めますと宣言することで、当の軍人を戒めているものであることを、『秋山真之戦術論集』の編者もふれています。

前回、戦闘力の4種がそれぞれ『機力』と『術力』で構成されているということを紹介しましたが、秋山真之は「機力は造兵家、術力は用兵家の業務」と分けています。
造兵家は、術力に頼らずとも成果を出せる兵器開発を探求する義務があり、用兵家は実践者の立場から積極的に欠点の改善要求をしつつ、その欠点を持つ現有兵器の最大効果を生むための探求が義務であるとしています。

造兵家がシステム会社で、用兵家がクライアント企業と言い換えると、実に様々な問題点が見えてきます。
また、自社のシステム室が造兵家で、その他各部署のパソコン利用者たちが用兵家である面もあります。

いずれにせよ、誰かが形として用意してくれた形而上の存在である『機力』にばかり目が向き、対極にある無形の『術力』を養うことには目が向きません。
もしくは、資格試験の実力養成のような、本来の術力養成とは次元を異にする形として扱われ、誤解を招いているのが現状です。

秋山真之は、勝ちに奢った武人が練磨の心を忘れて国家を滅ぼす要因になることを、同じ武人として案じ、日露戦争に勝利した日本人がまさにその轍を踏みかねないことを憂慮していたといいます。
そのため、「連合艦隊解散の辞」の最後に「勝って兜の緒を締めよ」という古人の言葉を引いて締めくくっているようです。
事業が上り坂にある企業が一時的な成功(成長)に奢ったときに陥る『機力』偏重主義が、システム導入の失敗という通過儀礼を生むもとになっていることも、これと全く同じことだと思います。

戦略的パワーユーザーは、このようなことが起きないよう、その感性と実務力を旋回させてこの問題に取り組まなければなりませんが、その前に、『戦略的パワーユーザー』を理解し、育むことができる経営者を生み出さなくてはなりません。

今回はここで終わりますが、もう少し『秋山真之戦術論集』を題材に話を進めてみることにします。

戦略的パワーユーザー<7>参謀、指揮官が最初に学んだ『総説』

錯雑する種々雑多な事象の中から速やかに純粋原理を見出すこと
見出した原理に則り、現状においてまず自軍が為すべき要点を抽出すること
抽出した要点を、各戦闘単位がその置かれた立場において迅速に果たすための、最適な計画を立てること

上は、私が適当に編んだ言葉の羅列です(少し「坂の上の雲」臭がしますが)。
私が思うに、参謀職というのは非常に地味な役回りで、知恵を絞り尽くして考えたことを、さらに簡潔な命令文章の形にするまでに相当に頭脳に負荷をかけ、実戦行動に移されてからは主に他人の手柄(戦果)になるにもかかわらず、失敗した場合は自身がその責任を感じざるを得ない厳しい任務ですが、秋山真之が作戦を考えるときは、こういったことを緻密に無駄なくやっていたのではなかったかと思います。

戦争で作戦が失敗した場合、戦略目的の達成に弊害をもたらすことはもちろんですが、それにより多くの味方の人命が失われます(秋山真之は敵の人命のことも気に病んでいたようですが)。

人命がかかる数少ない実戦の機会に遭遇したとき、参謀としては「計画立案」、指揮官としては「実施部隊の統率」を、できる限り平常心で行うために普段から考え、心がけておかねばならないことを、学究の形で示したのが海軍大学校で講義された、『秋山真之戦術論集』の内容だと思います。

戦闘行為が行われる場所や天候や時間帯などの環境や、彼我の物量やそのスペック、また兵員の性格や能力、そして戦況の移り変わりなど、「実戦」にはあまりにも多くの要素が複雑に絡み合っており、おまけに「勝敗」という結果も判定員がいるわけではないので、戦闘開始から終了に至るまですべてが手探りといっても過言ではなく、自身が生きている限り、戦闘中は常に『錯雑した種々雑多な事象』のるつぼにいることになります。

そんな中、戦術担当の兵員は、自分の行為の結果が勝利につながると信じて、受けた命令をひたすら繰り返すことに集中できますが、命令を出す側にはより大きな役割が課せられます。
海軍大学校の生徒とは繰り返し動作担当の戦術者ではなく、上で述べたように参謀や指揮官など、命令を出す側の士官だということを、最初にお断りしておきます。

現代のビジネスで例えると、コールセンターでインカムを付けたオペレーターや、全国の代理店店頭で記入された申込書を入力するオペレーターなどの外注作業員ではなく、彼らを指揮するスーパーバイザーや、その上の元請け会社の社員向けとでもいえばよいでしょうか。

「実際に動くのは兵隊たちだから、連中に覚えさせとけばいいんだろ?」
ということではなく、組織力を最大に発揮させるために必死で学ぶべきは前線の兵士たちを指揮する士官たちだという認識で、陸軍士官学校や海軍大学校が作られたのでしょう。

『秋山真之戦術論集』では最初に、海軍の戦闘力は4つの形態に分けられるものとしています。
1.攻撃力
2.防御力
3.運動力
4.通信力

複雑怪奇な戦闘に関する講義ですから、「どこから手を付けるか」は悩みどころでしょうが、最大の要点はまず「海軍の戦闘力」であるようです。
テーマが一気に絞られ、学生たちは4つの「力」に意識を向けられます。
そして次に、4つの力の源泉となる要素を、2種類に分けて表現しています。
「機力」と「術力」というものです。
機械が持つ機能と、人間が持つ能力のことです。

「戦域において或る結果をもたらすのは戦闘力で、それは4種類に分類され、それらは機械の力と運用者の能力によって質の高低(効果の有無)ができる。勝敗を決するものは戦闘力であるため、戦術研究をする者においては、戦闘力の増大を図るだけでなく、その各要素の精密な力量分析に努めなければならない」
と、これは私の要約ですが、こんな具合に実力アップの指針を示したのではないかと思います。

また、4要素の比重は均等ではなく、攻撃力が「5」、防御力が「2」、運動力が「2」、通信力が「1」であるとしており、最初に軽重を明確化してあります。
艦種の知識、艦隊編成、運動方法や通信などすべての要素は、いずれも効果的に攻撃するための手段であって、それ自体が目的ではないということがよく分かります。

そうはいっても、聞き慣れぬ「機力」だの「術力」だのといった言葉が、具体的に何を示すのかを例示しなければ、その連想にとらわれて次の話が頭に入らない学生も多いだろうということなのでしょうが、講師・秋山真之はその解説も端的にしています。

例えば攻撃の機力として
「砲熕(大砲)、水雷(魚雷または機雷)、衝角(体当たり用の器具)」、
術力として
「砲術、水雷術、衝角術」。

運動の機力として
「推進機関、操舵機関」、
術力として
「運用術、機関術」
といった具合です。

これらの内訳を知り、それらが最も効果を発揮している場面の描写を聞かされ、自らも思考し、討議などをすることにより、目指すべき理想の「型」が習得できます。
「型」の組み合わせで基本戦術が構成され、机上ではありますが海軍戦術の運用を、各自が行えるようになります。
無論、実践においては運用の連続となり、基本戦術の型を繰り返すだけでは勝負になりませんが、その「応用」については「海軍応用戦術」という1節がこの書籍には収録されており、応用力についての講義もカリキュラムに織り込まれていたことが読み取れます。

応用戦術の話は別ページの掲載内容なのでその話は除くとして、実はここまでが、講義内容部分の最初の見開きに「総説」として書かれています。
全体を鳥瞰するものとして、簡潔ではあるが読み応えのある内容です。こののち、細かな解説が図入りで詳しくなされていくわけですが、どの部分を深掘りしていたとしても、原点が非常にシンプルなので回帰しやすくなります。

何より、最初の見開きだけでこれだけくっちゃべれるほど味が濃い。
1ページめくると、マーカーが引いてあります。当時の私が感銘を覚えて引いたものです。
これについて書き始めると長くなりそうなので、いったん終了します。

戦略的パワーユーザー<6>秋山真之の出撃電文

前回、『秋山真之戦術論集』を元に戦略の姿を表現しようとしたら、書評の稿のようになってしまいました。
だから、今回は戦略を「潜在的存在」、戦術を「顕在的存在」という分け方にして進めようと思っています。

しかし、アフィリエイトのURLを貼るため書籍について調べてみると、この本は楽天では扱っておらず、amazonでは定価より高い値段でしか売られていません。在庫も少ないようですから、ほとんどの人がこの書籍を手にすることはないという前提で、もう少しこのサイトで要点を書いてしまおうと思いました。

ちなみに、私はミリタリー愛好家ではないので、軍事についての深掘りはせず、あくまでもビジネスのほうへ話を寄せていきますのでそのつもりでお付き合いください。

秋山真之といえば、日本海海戦での出撃の際に、東京の大本営に向けて発信した電文の起草者としても有名です。
「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ聯合艦隊ハ直チニ出動、コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」
というアレです。私は見ていませんが、多分NHKの大河ドラマの中でも出てきたと思います。

この電文の最後に付け加えられた「本日天気晴朗ナレドモ~」が色々と取り沙汰されているのは、当時も今も変わらないようです。「意味のない美文だ」とこき下ろす人もいれば、「あれは軍令部に現場の状況を伝えるために必要最小限で済ませた名文だ」という人もいます。
日露戦争が文明開化初期の小国日本にとって、一世一代の大勝負であったことも、この一文がドラマ性を持ってしまった要因でしょう。おまけに日本海海戦は、陸戦でつかなかったこの戦争の決着をつける劇的な役割も担わされていました。

日露の国運を希う両国国民をはじめ、列強国の関心のすべてが、とがった針の先端のように、あの対馬海峡に凝縮していたわけですから、本人たちにその意思が無くても必要以上にうがった見方をされておかしくありません。

そこで、強すぎる背景を取り除いて冷静に見るため、現代に置き換えてアレンジしてみましょう。(アレ、書籍の話からドンドン逸れていく)
東京のある企業が、沖縄の波の上ビーチで、8月に野外ライブイベントを開催することになった。
那覇市内の観光客が気軽に立ち寄れる立地でもあるので、イベント目的以外の客足も期待できるが、それら浮遊傾向のある人たちの動向が読みづらい。
そんな中で企画が進み、資材搬入や物販の準備、出演者の調整などが着々と行われていよいよ当日。
成否を案じる東京の企画室に、1本の電話が入る。現場の進行スタッフからだった。
「お客さん入りましたんで、イベント開始します!」
かなりテンションが高く、忘れそうだった本部への電話を急遽思い出してかけてきた感じだったから、細かなやり取りは不可能で、「了解、頑張れ」としか言えない状態だった。

と、こんなシーンを想像してみてください。
無論、現代に置き換えれば通信手段は様々なものが準備できてしまうので、東京の企画室では沖縄の現場のリアルタイムな情報を豊富に持っているはずですが、そのへんは逆に過去へタイムスリップしていただいたとしましょう。
そのときの現場からの電話が「お客さん入りましたんで、イベント開始します!」だけだと、企画室としては現場状況の想像が困難で、次に報告を受けるときの心構えや、先んじて出すべき指示が後手に回る可能性があります。

そこで、現場からの電話が次の内容だったらどうでしょうか?
「お客さん入りましたんで、イベント開始します! 今日は快晴、予想最高気温は37度です」

それを聞いた企画室ではたとえば、
・国際通りやモノレールの駅周辺でのビラ配りを強化し、観光客の足を向けさせる動きを徹底しよう。雨が降っていなければ結構な数が見込めるはずだ。
・冷たい飲み物やかき氷が多く出るだろうから、食事場所の臨時増設や、ゴミの搬出スパン短縮などに対応する必要がある。
・熱中症防止のためのシャワーサービスと氷袋の無料配布の手配りが上手くいっているかを再確認しておこう。
・スタッフの体調管理に一層の注意を払うよう、責任者と各組チーフへ改めて指示を出そう。

など、最後の一文が加えられたことにより、遠く離れた東京の会議室に臨場感が生まれ、周辺状況への対応に気が回り始めます。

もしもこれが、社の浮沈をかけた一大イベントで、大成功に終わった場合、きっと「今日は快晴、予想最高気温は37度です」は、名言として関係者の脳裏に深く刻まれるでしょう。

でもこれは、日常業務の中の事務連絡といってもさして違和感はないと思います。
秋山真之が当日の海域の天候を知っていたのは、作戦の遂行上、当然知っておくべき情報だったので、予報官に調べさせていたためだそうで、海軍軍令部への連絡事項として付け加えたようです。

劇的状況だから、その一文に多くの人が自分の中の気持ちを乗せてしまった、という事情があっただけで、我々が日常、会社で事務を執っている状態に置き換えても、結構それに似た立ち位置で、割と近い行動を習慣的にとっているのではないでしょうか。

いずれにせよ、最後の一文が加えられたことで、現場にいない上層部が現状判断のための有力な材料を得たことにかわりはありません。
私が考える「本日天気晴朗ナレドモ~」の一文はそういうことです。

せっかくなのでもう一度リンクを貼っておきます。アマゾンのレビューの中で一人だけ、私と同じ点に触れている人がいて驚きました。この本を「戦略書」と呼び表しています。居るのですね、こういう人(私が書いたレビューではありません)。
それから、結局今回は戦略について語れませんでした。次回は本の内容に触れます。必ず。

戦略的パワーユーザー<5>秋山真之が学生に講義した戦略

『秋山真之戦術論集』という書籍があります。
近代の天才的参謀、秋山真之が海軍大学校で講義していた内容をまとめたものです。
軍事に関する内容のため、大きな書店ではミリタリー本の棚に置かれていると思いますが、小さな書店だと歴史人文の棚にあるかもしれません。
しかし、残念ながら「ビジネス」には分類されないようです。個人的にはしても良いと思うのですが。

この本には、日露戦争当時のアメリカ大統領が感銘を受け、自国の軍に英訳文を配布したという、歴史に名高い「聯合艦隊解散之辞(連合艦隊解散の辞)」が全文掲載されています。
この「解散の辞」はスラスラと読み下せ(る部分もあり)ますので、フムフムと読んでいて思うのは、誰もが知っている定理でありながら、日常は観念的にしか考えたりしゃべったりできないことを、論理的かつ簡潔な一言で言い表す才能です。

名文というのは大上段に構えて難しいことや深いことを記したものではなく、読ませた内容を「自分が主体的に理解した」と読み手に思わせるような文章のことではないかと思えてきます。

とはいえこの本は、大半が文語文(学校で古文の時間に習うようなもの)で書かれており、非常にとっつきにくいのと、分厚くて持ち運びには不便であり、おまけに結構金額も張るので、読みこなす自信がない限り、気軽に買える本ではありません。

ただし、小説『坂の上の雲』やスーパーファミコンの『アースライト』で何度も目にする、「巡洋艦」や「駆逐艦」などの定義があいまいで、調べたいけどウィキペディアであまり詳細に書いてあるとそれも理解しづらい、という人にとっては、大は「戦艦」、小は「水雷艇」まで、明治の頃のシンプルな定義で簡潔に説明されていて興味深く読めます。
そこだけなら数ページしかないので、書店で立ち読みすれば充分です。
あっ…、でも【法人】は立ち読みできませんね。やっぱり誰かに買ってもらって、社内においてもらうようにしましょう。

本題に戻ります。
「戦術論集」の名のとおり、この本には艦隊の編成や戦闘隊形の運用、また補給や連絡などの戦務に至るまで、具体的な実務が緻密に書かれていますが、それらの大本である『戦略』について記されている部分がわずかですがあるので、そこに少し触れてみましょう。

最初に断っておきますが、以下の記述は私の意訳が大量に入り込み、おまけに陸戦での表現となっています。
初めて読んでから既に数年経っており、原書を読み直す前に文章構成したので、海戦が陸戦に変わってしまいました。
広い海域での艦隊の動きは、私にはイメージしづらいからでしょうが、秋山真之は海軍作戦を考えるときに「海陸の区別はないので陸戦からも大いに学べ」と言っていた人なので、その精神に私も便乗させてもらいます。

書いてあることを書き写すだけでは意味がないし、ブログであまり長い引用をすると権利などの問題も発生するでしょうから、あくまでも四緑文鳥の解釈で進めます。

例えば、戦局全般から見て、重要な地点がある。
敵よりも先にその地点に到達して戦陣を構えてしまうことが、戦いを有利に進める条件だという場合の戦略は、当初私が考えていた概念とは全く違いました。

秋山真之は、こういう局面では、「効果的な戦闘」ではなく、「迅速な移動」が軍全体の効果的な勝ち方(つまり『戦略』)であるということを言っています。

「戦闘」を有利に進めることだけが「戦略」の役割ではない、という点が大変新鮮なことに思えました。

状況に応じて、「戦略」はその姿をいかようにも変化させるのです。
そうなるとまず、部隊が辿るルートは戦闘メインの場合とは違ってきます。
主務が「移動」になるので、重火器が最大効果を生む配置などは考慮されないでしょう。もし戦うことになったとしても、がっぷり四つに組む「会戦」の形をとらず「遭遇戦」になり、あくまでも移動を補佐するための撃退戦法になります。

となれば当然、用意する武器弾薬の内訳や、現場での指揮命令の伝達方法などは、純粋な戦闘時の場合とは異なってきます。
つまり、戦略に応変して、適切な「仕組」が要求されます。

下士官や兵卒は、その適切な仕組に基づいて、我が身を運ぶ担当者と、物資を運ぶ担当者、そして遭遇戦に備える担当者に分かれ、それぞれの役割を演じつつ、「前進作業」を繰り返すことになります。
これが「戦術」です。

それらの準備により前進が効果的に為され、敵よりも早くその地点に到達した場合は、かなりの確率で戦闘が回避されます。
なぜなら、敵側もその地点の重要性を知っている場合は、そこが先に敵におさえられた以上、もはや戦闘を行っても勝ち目は薄いと悟り、戦力温存のため、その戦域から撤退するからです。
敵を殺して勝つには戦闘が必要で、そのぶん味方も消耗することになるが、敵を屈服させて勝つことができるなら、必ずしも戦闘を要しないということです。

戦わずに勝つのが最上の策ですから、徒競走で早いことが勝ちという、敵側との共通認識を作り出し、士卒をしてそれを全うさせるのが、『軍全体の効果的な勝ち方』というわけです。
高等司令部が戦略目的をあやまたず、円滑な戦術を実施するための効果的な仕組を準備できれば、実施部隊の消耗を避けて次の戦いをより良い状態で迎えることができます。

秋山真之が語った『戦略』についての論述を、私はそのように解釈しました。文章そのものはほとんど覚えていませんが、逆に言えば、数年経ってからでもその時の印象を元に文章構成して他人に説明できるほど、強烈な記憶を残しました。
分厚い本ですが、戦略について語っているページ数はほんのわずかですから、この部分は頑張って読んでみてもよいかもしれません。

私の意訳は原型をとどめていないので、真之さんの論旨展開を読むと、全く違う解釈が成立するかもしれませんが、私の意訳がきっかけで、難解と思っていた本へのとっかかりが見つかる可能性はあります。
そうなれば、高い本ですが、支払っただけの代金(投資)に対するリターンは大きいでしょう。

さらにこの本を読みこなすコツを言えば、よほどの興味を感じないかぎり、そこだけ読んで腹に落ちたら、後はサッサと読むことを放棄してしまうことでしょう。
【戦略と戦術の区別】という命題を果たすためにこの本を活用するなら、ボリュームゾーンはそこだけです。
エンジンでいえばパワーバンドで、車を高速で直進させるのに最も適切な領域ですので、『戦略』の習得が加速するいちばん「おいしい」箇所でしょう。

こういう目的に絞った読み方をするなら、後の部分(要するに99%)から得られるものは少なく、「展開された戦術というものは、かくも複雑多岐で緻密で、且つ、それを上手に表現しなければ教育カリキュラムとして機能しないものなのだな」という、『戦略に関する文章量との差』を感じられればそれだけで良いと思います。
「潜在的存在」と「顕在的存在」の表現量の差がこうなる、という捉え方でもよいと思います。

なお、重ねて誤解のないように付け加えますが、上記の考え方は、目的が【戦略と戦術の区別】だった場合です。秋山戦術を読むことが目的であれば、当然すべてを熟読すべきです。念のため。

今回、「パワーユーザー」について触れないまま書いてきてしまいました。
これだけで終わるとただの書評のようですが、長くなるのでいったん終わります。
次回は「潜在的存在(戦略)」と「顕在的存在(戦術)」について書いてみたいと思います。