戦略的パワーユーザー<6>秋山真之の出撃電文

前回、『秋山真之戦術論集』を元に戦略の姿を表現しようとしたら、書評の稿のようになってしまいました。
だから、今回は戦略を「潜在的存在」、戦術を「顕在的存在」という分け方にして進めようと思っています。

しかし、アフィリエイトのURLを貼るため書籍について調べてみると、この本は楽天では扱っておらず、amazonでは定価より高い値段でしか売られていません。在庫も少ないようですから、ほとんどの人がこの書籍を手にすることはないという前提で、もう少しこのサイトで要点を書いてしまおうと思いました。

ちなみに、私はミリタリー愛好家ではないので、軍事についての深掘りはせず、あくまでもビジネスのほうへ話を寄せていきますのでそのつもりでお付き合いください。

秋山真之といえば、日本海海戦での出撃の際に、東京の大本営に向けて発信した電文の起草者としても有名です。
「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ聯合艦隊ハ直チニ出動、コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」
というアレです。私は見ていませんが、多分NHKの大河ドラマの中でも出てきたと思います。

この電文の最後に付け加えられた「本日天気晴朗ナレドモ~」が色々と取り沙汰されているのは、当時も今も変わらないようです。「意味のない美文だ」とこき下ろす人もいれば、「あれは軍令部に現場の状況を伝えるために必要最小限で済ませた名文だ」という人もいます。
日露戦争が文明開化初期の小国日本にとって、一世一代の大勝負であったことも、この一文がドラマ性を持ってしまった要因でしょう。おまけに日本海海戦は、陸戦でつかなかったこの戦争の決着をつける劇的な役割も担わされていました。

日露の国運を希う両国国民をはじめ、列強国の関心のすべてが、とがった針の先端のように、あの対馬海峡に凝縮していたわけですから、本人たちにその意思が無くても必要以上にうがった見方をされておかしくありません。

そこで、強すぎる背景を取り除いて冷静に見るため、現代に置き換えてアレンジしてみましょう。(アレ、書籍の話からドンドン逸れていく)
東京のある企業が、沖縄の波の上ビーチで、8月に野外ライブイベントを開催することになった。
那覇市内の観光客が気軽に立ち寄れる立地でもあるので、イベント目的以外の客足も期待できるが、それら浮遊傾向のある人たちの動向が読みづらい。
そんな中で企画が進み、資材搬入や物販の準備、出演者の調整などが着々と行われていよいよ当日。
成否を案じる東京の企画室に、1本の電話が入る。現場の進行スタッフからだった。
「お客さん入りましたんで、イベント開始します!」
かなりテンションが高く、忘れそうだった本部への電話を急遽思い出してかけてきた感じだったから、細かなやり取りは不可能で、「了解、頑張れ」としか言えない状態だった。

と、こんなシーンを想像してみてください。
無論、現代に置き換えれば通信手段は様々なものが準備できてしまうので、東京の企画室では沖縄の現場のリアルタイムな情報を豊富に持っているはずですが、そのへんは逆に過去へタイムスリップしていただいたとしましょう。
そのときの現場からの電話が「お客さん入りましたんで、イベント開始します!」だけだと、企画室としては現場状況の想像が困難で、次に報告を受けるときの心構えや、先んじて出すべき指示が後手に回る可能性があります。

そこで、現場からの電話が次の内容だったらどうでしょうか?
「お客さん入りましたんで、イベント開始します! 今日は快晴、予想最高気温は37度です」

それを聞いた企画室ではたとえば、
・国際通りやモノレールの駅周辺でのビラ配りを強化し、観光客の足を向けさせる動きを徹底しよう。雨が降っていなければ結構な数が見込めるはずだ。
・冷たい飲み物やかき氷が多く出るだろうから、食事場所の臨時増設や、ゴミの搬出スパン短縮などに対応する必要がある。
・熱中症防止のためのシャワーサービスと氷袋の無料配布の手配りが上手くいっているかを再確認しておこう。
・スタッフの体調管理に一層の注意を払うよう、責任者と各組チーフへ改めて指示を出そう。

など、最後の一文が加えられたことにより、遠く離れた東京の会議室に臨場感が生まれ、周辺状況への対応に気が回り始めます。

もしもこれが、社の浮沈をかけた一大イベントで、大成功に終わった場合、きっと「今日は快晴、予想最高気温は37度です」は、名言として関係者の脳裏に深く刻まれるでしょう。

でもこれは、日常業務の中の事務連絡といってもさして違和感はないと思います。
秋山真之が当日の海域の天候を知っていたのは、作戦の遂行上、当然知っておくべき情報だったので、予報官に調べさせていたためだそうで、海軍軍令部への連絡事項として付け加えたようです。

劇的状況だから、その一文に多くの人が自分の中の気持ちを乗せてしまった、という事情があっただけで、我々が日常、会社で事務を執っている状態に置き換えても、結構それに似た立ち位置で、割と近い行動を習慣的にとっているのではないでしょうか。

いずれにせよ、最後の一文が加えられたことで、現場にいない上層部が現状判断のための有力な材料を得たことにかわりはありません。
私が考える「本日天気晴朗ナレドモ~」の一文はそういうことです。

せっかくなのでもう一度リンクを貼っておきます。アマゾンのレビューの中で一人だけ、私と同じ点に触れている人がいて驚きました。この本を「戦略書」と呼び表しています。居るのですね、こういう人(私が書いたレビューではありません)。
それから、結局今回は戦略について語れませんでした。次回は本の内容に触れます。必ず。

戦略的パワーユーザー<5>秋山真之が学生に講義した戦略

『秋山真之戦術論集』という書籍があります。
近代の天才的参謀、秋山真之が海軍大学校で講義していた内容をまとめたものです。
軍事に関する内容のため、大きな書店ではミリタリー本の棚に置かれていると思いますが、小さな書店だと歴史人文の棚にあるかもしれません。
しかし、残念ながら「ビジネス」には分類されないようです。個人的にはしても良いと思うのですが。

この本には、日露戦争当時のアメリカ大統領が感銘を受け、自国の軍に英訳文を配布したという、歴史に名高い「聯合艦隊解散之辞(連合艦隊解散の辞)」が全文掲載されています。
この「解散の辞」はスラスラと読み下せ(る部分もあり)ますので、フムフムと読んでいて思うのは、誰もが知っている定理でありながら、日常は観念的にしか考えたりしゃべったりできないことを、論理的かつ簡潔な一言で言い表す才能です。

名文というのは大上段に構えて難しいことや深いことを記したものではなく、読ませた内容を「自分が主体的に理解した」と読み手に思わせるような文章のことではないかと思えてきます。

とはいえこの本は、大半が文語文(学校で古文の時間に習うようなもの)で書かれており、非常にとっつきにくいのと、分厚くて持ち運びには不便であり、おまけに結構金額も張るので、読みこなす自信がない限り、気軽に買える本ではありません。

ただし、小説『坂の上の雲』やスーパーファミコンの『アースライト』で何度も目にする、「巡洋艦」や「駆逐艦」などの定義があいまいで、調べたいけどウィキペディアであまり詳細に書いてあるとそれも理解しづらい、という人にとっては、大は「戦艦」、小は「水雷艇」まで、明治の頃のシンプルな定義で簡潔に説明されていて興味深く読めます。
そこだけなら数ページしかないので、書店で立ち読みすれば充分です。
あっ…、でも【法人】は立ち読みできませんね。やっぱり誰かに買ってもらって、社内においてもらうようにしましょう。

本題に戻ります。
「戦術論集」の名のとおり、この本には艦隊の編成や戦闘隊形の運用、また補給や連絡などの戦務に至るまで、具体的な実務が緻密に書かれていますが、それらの大本である『戦略』について記されている部分がわずかですがあるので、そこに少し触れてみましょう。

最初に断っておきますが、以下の記述は私の意訳が大量に入り込み、おまけに陸戦での表現となっています。
初めて読んでから既に数年経っており、原書を読み直す前に文章構成したので、海戦が陸戦に変わってしまいました。
広い海域での艦隊の動きは、私にはイメージしづらいからでしょうが、秋山真之は海軍作戦を考えるときに「海陸の区別はないので陸戦からも大いに学べ」と言っていた人なので、その精神に私も便乗させてもらいます。

書いてあることを書き写すだけでは意味がないし、ブログであまり長い引用をすると権利などの問題も発生するでしょうから、あくまでも四緑文鳥の解釈で進めます。

例えば、戦局全般から見て、重要な地点がある。
敵よりも先にその地点に到達して戦陣を構えてしまうことが、戦いを有利に進める条件だという場合の戦略は、当初私が考えていた概念とは全く違いました。

秋山真之は、こういう局面では、「効果的な戦闘」ではなく、「迅速な移動」が軍全体の効果的な勝ち方(つまり『戦略』)であるということを言っています。

「戦闘」を有利に進めることだけが「戦略」の役割ではない、という点が大変新鮮なことに思えました。

状況に応じて、「戦略」はその姿をいかようにも変化させるのです。
そうなるとまず、部隊が辿るルートは戦闘メインの場合とは違ってきます。
主務が「移動」になるので、重火器が最大効果を生む配置などは考慮されないでしょう。もし戦うことになったとしても、がっぷり四つに組む「会戦」の形をとらず「遭遇戦」になり、あくまでも移動を補佐するための撃退戦法になります。

となれば当然、用意する武器弾薬の内訳や、現場での指揮命令の伝達方法などは、純粋な戦闘時の場合とは異なってきます。
つまり、戦略に応変して、適切な「仕組」が要求されます。

下士官や兵卒は、その適切な仕組に基づいて、我が身を運ぶ担当者と、物資を運ぶ担当者、そして遭遇戦に備える担当者に分かれ、それぞれの役割を演じつつ、「前進作業」を繰り返すことになります。
これが「戦術」です。

それらの準備により前進が効果的に為され、敵よりも早くその地点に到達した場合は、かなりの確率で戦闘が回避されます。
なぜなら、敵側もその地点の重要性を知っている場合は、そこが先に敵におさえられた以上、もはや戦闘を行っても勝ち目は薄いと悟り、戦力温存のため、その戦域から撤退するからです。
敵を殺して勝つには戦闘が必要で、そのぶん味方も消耗することになるが、敵を屈服させて勝つことができるなら、必ずしも戦闘を要しないということです。

戦わずに勝つのが最上の策ですから、徒競走で早いことが勝ちという、敵側との共通認識を作り出し、士卒をしてそれを全うさせるのが、『軍全体の効果的な勝ち方』というわけです。
高等司令部が戦略目的をあやまたず、円滑な戦術を実施するための効果的な仕組を準備できれば、実施部隊の消耗を避けて次の戦いをより良い状態で迎えることができます。

秋山真之が語った『戦略』についての論述を、私はそのように解釈しました。文章そのものはほとんど覚えていませんが、逆に言えば、数年経ってからでもその時の印象を元に文章構成して他人に説明できるほど、強烈な記憶を残しました。
分厚い本ですが、戦略について語っているページ数はほんのわずかですから、この部分は頑張って読んでみてもよいかもしれません。

私の意訳は原型をとどめていないので、真之さんの論旨展開を読むと、全く違う解釈が成立するかもしれませんが、私の意訳がきっかけで、難解と思っていた本へのとっかかりが見つかる可能性はあります。
そうなれば、高い本ですが、支払っただけの代金(投資)に対するリターンは大きいでしょう。

さらにこの本を読みこなすコツを言えば、よほどの興味を感じないかぎり、そこだけ読んで腹に落ちたら、後はサッサと読むことを放棄してしまうことでしょう。
【戦略と戦術の区別】という命題を果たすためにこの本を活用するなら、ボリュームゾーンはそこだけです。
エンジンでいえばパワーバンドで、車を高速で直進させるのに最も適切な領域ですので、『戦略』の習得が加速するいちばん「おいしい」箇所でしょう。

こういう目的に絞った読み方をするなら、後の部分(要するに99%)から得られるものは少なく、「展開された戦術というものは、かくも複雑多岐で緻密で、且つ、それを上手に表現しなければ教育カリキュラムとして機能しないものなのだな」という、『戦略に関する文章量との差』を感じられればそれだけで良いと思います。
「潜在的存在」と「顕在的存在」の表現量の差がこうなる、という捉え方でもよいと思います。

なお、重ねて誤解のないように付け加えますが、上記の考え方は、目的が【戦略と戦術の区別】だった場合です。秋山戦術を読むことが目的であれば、当然すべてを熟読すべきです。念のため。

今回、「パワーユーザー」について触れないまま書いてきてしまいました。
これだけで終わるとただの書評のようですが、長くなるのでいったん終わります。
次回は「潜在的存在(戦略)」と「顕在的存在(戦術)」について書いてみたいと思います。

戦略的パワーユーザー<4>称賛されないヒーロー

そのうち書いてみたい小説

電車のつり革をつかんで、座席に腰かけている人の顔を見ると、その人が降りる駅が見える能力を手に入れたサラリーマンの話。

ある朝、いつものように電車乗りこんでつり革につかまると、駅名が見えない客が大勢いる。

どこかの駅を過ぎた後、事故や地震により駅と駅の中間で停止し、ニュースでたまに見るみたいに、駅員の誘導でゾロゾロと線路沿いを歩くことになるのか?
あるいは・・
駅名が見えない客は、全員事故で死んでしまうのか?
自分自身はどうなる?

理解者ゼロの中、『そのとき』までに原因を突き止めて危険を回避しようと、手掛かりを求めて呻吟する孤独なヒーロー(?)

面白そうだけど、書くのにかなり疲れそう。
いや、書くことよりも疲れそうなのは、短時間の猛烈な活躍によって、わずかなダイヤの乱れくらいで済んでしまったため、普段とさして変わらぬ時刻に駅へ到着し、ヘトヘトな状態でスタートする会社での1日にうんざりする主人公に思いを馳せた時かもしれない・・

残念ながら、データベースから『兆し』を読み取ったとき、これと似た状況に陥ります。
まだ現実のことになっていない。
計算で出そうとすると沢山の可能性の中のひとつになり、議論の結果「不採用」になることがある。
でも『これ以外にない』としか言いようがないくらい、まぎれのない直観。

この『兆し』を感じたのが下っ端社員だったら、まさに上の小説のごとく、理解者も協力者もなく、成し遂げても認めてはもらえない。
仮説を活用するフレームワークがあって、日の目を見る土壌が出来上がっていれば違っていたのだろうけれど・・。

だから、経営者にわかってほしいことだと思っていましたが、今は【法人】に呼び掛けています。
戦略を目的にデータベース技術を使いこなす人材(戦略的パワーユーザー)を育てましょう、と。

戦略的パワーユーザー<3>地味なリアリティ(2)

職場でしている日常動作が「特撮由来」だとバレなければ、周囲から一目置かれる存在になれるという話を前回は書きました。
もともとドラマの中でも、「クレバーでクール」を表現する効果を持ったアクションだと思うので、そのマネが板についてくると、実務経験を積んで実力の裏打ちがなされるにつれ、演出効果も高まってきます。
いわば実力に下駄を履かせてもらったようなもので、「良いふうに誤解してくれる周囲の人たち」からの高い評価を受けやすくなり、ポジションアップなどの結果につながることが期待できるというものでした。

今回は『地味なリアリティ』の2回目ですが、逆に派手さについて少しだけ触れておきます。
大人になって「特撮が好き」というとバカにされたり呆れられたりする場合があると前回書きましたが、それは話を受けた側の人が、特撮を非常に単純な子供向け番組と考えてしまう前提があるからでしょう。

つまり、子供の頃の特撮ヒーロー関連の記憶のうち、派手な部分(つまり必殺技とか変身ポーズ)だけがクローズアップされていて、「特撮が好き」という人がいると、無意識にその部分を当てはめて「あんなものが好きなんだ、この人」という判定をしてしまうのかもしれません。まあ、無理もないですね。

おそらく大抵の大人がそうなので、職場で「電王(2007年の作品)」の『オレ、参上』の大見得を切るポーズをやったら一瞬で空気が凍りますが、「555(ファイズ)(2003年の作品)」がファイズショットにメモリを装着し、携帯のエンターを押した後、エネルギー充填を待つ一瞬の「静」に相当する部分などは、職場内で何かの作業になぞらえてやっていても誰にもバレません。
それどころか、特撮好きを蔑む人から見ても、「経験豊富で洗練された業務遂行時の動作の特徴」として、むしろ畏敬の対象になることすらあります。(イヤイヤ、あなたの目の前にいるのは、いい年齢して平成ライダー気取りのオッサンですよ^^y)

当然ですが、特撮番組のヒーローといえども、ただ敵を倒すだけの描写では子供たちからも相手にされません。つまり、お気軽に派手な部分だけを作っていたらストーリーが成立しないので、地味なリアリティを追求する大人の要素がふんだんに盛り込まれなければならないのです。

『戦略的パワーユーザー』と銘打っている稿なので、話をいったん引き戻しますが、「特撮好き」を蔑む人は、派手に怪人を倒すストーリーの繰り返し(つまり戦術)部分の印象が強いのでしょうが、戦術部分をより魅力的にするための設定は非常に多彩です。
戦うシーンを際立たせる『番組全体の効果的な魅せ方(つまり戦略)』を成功させないと、グッズ販売のCMという側面も持つ特撮番組では、販売戦略上の課題をクリアできないからです。

例えば、主人公がどうやって生計を立てているのかは、あまり詳しく描かれませんが、常に底流に存在する問題です。ウルトラシリーズの主人公はほとんどが『地球防衛軍』みたいな組織の一員ですが、仮面ライダーでは主人公のほとんどが一般民間人で、生活感が前面に出てくるだけに、ここが全く描写されないとリアリティが保てません。

ちなみに、仮面ライダーの仕事に給料が支払われていることがはっきりと描写されているのは、私が知る限りでは「剣(ブレイド)(2004年の作品)」だけで、極めて例外です。
大抵は住み込みのアルバイトだったり、面倒を見てくれるオヤッさんのところに居候していたりで、資産家の家に引き取られた「カブト(2006年の作品)」、化け物退治の組織に属している「響鬼(2005年の作品)」、祖父と暮らす高校生の「フォーゼ(2011年の作品)」などの例外もありますが、いずれも人並みの生活が送れるだけの背景が準備されています。また、これに付随して家族や家族同然となる主要な登場人物も決められていきます。

こういった基本設定は、コスチュームや必殺技みたいな『子供向け』のものと比べると非常に地味です。
しかし、派手な業績には縁がなくとも、黙々と果たされなければならない大人の仕事です。

もうひとつ(実際はひとつどころではないでしょうが)私が注目する地味なリアリティは、「主人公は怪人出現をどうやって知るのか」です。
人が襲われているので一刻を争うのですが、私が見ていた「ウィザード(2012年の作品)」までの作品で、警官が主人公だったことはありません。つまり、真っ先に通報が入るという有利な立場ではないのです。

これに関して、最も単純でリアリティを感じないのは
「世界征服をたくらむ悪の秘密結社にとって最も邪魔になる仮面ライダーを真っ先に倒す」
という筋書きにして、ライダーを狙って怪人たちがやってくるという安易な設定です。
ひょっとしたら、昭和のライダーの中にはその主旨でできている作品があったかもしれませんが、現代の作品としては、それでは物足りません。

その設定では主人公はただ怪人がやってくるのを待っていればよく、それならいっそ他人に迷惑がかからないよう、人里離れた離島や山奥にこもっているのが最も合理的ですが、それでは物語になりません。
やはり、主人公は街なかにいて普通の生活を送り、襲われている一般人を守らなければ、『正義の味方』という看板を掲げていられないのです。

刑事を相棒にした「クウガ(2000年の作品)」、父の遺品のバイオリンがひとりでに鳴りだして出動を促す「キバ(2008年の作品)」、怪人に呼応する神秘の力でその出現を察知する「アギト(2001年の作品)」など、組織力、道具、超能力などによって知るというのが一般的で、主人公の仲間が近くにいない襲撃に対しては“ほったらかし”、“やられ放題”を徹底した「555(ファイズ)」などはかなり思い切った設定だったように思えます。

毎シリーズ重複しないように道具立てを考えても、『怪人出現を知る手段』などは本筋ではなく、それでいてメインストーリーに食い込む場面も多いので、結構な「縁の下の力持ち」的な責任も持たされます。

やはり、最大の見せ場である戦闘シーンへの転換点の設定が弱いと、全体の力が弱まってしまうのです。
重要なコネクト部分がギクシャクしていると、効率的に力が伝わらず、実行力が弱まると言い換えれば、色々なことに応用の利く「大人の表現」になります。

たとえば、発生させた力が『推進用として伝わる仕組み』が不十分なら、どれだけエンジン性能が高くても、飛び切り良いタイヤを履いていても、速度という結果にはつながらない、と、自動車のメカニズムの話へスライドさせられます。

企業に例えると、営業だけが強くても管理がザルなら利益が残らず、人事だけ強くても事業インフラがなければ商売にならない、と表現すれば、経営効率や投資などの形で話ができます。

そしていよいよ満を持して、【法人】のみなさん用のたとえですが、【法人】にとって部署は臓器です。
肺ばかりが強くても循環機能が弱ければ酸素の運搬が不十分で、全身の機能が不全になるでしょう。
腸がどんなに強くても胃が弱すぎて咀嚼力が無かったら、おそらく腸は食道と共に消化までを担当する役割を担い、栄養の吸収や免疫機能の中枢としての役割は十分に果たせなくなるでしょう。

では、各部署(臓器)が発揮する専門能力を、社内の適切な場所へ円滑に伝え、内部活動(維持・成長)と外部活動(社会とのつながり)に効果をもたらす要素とは何か?

さすがの私も「それはデータベースだ」とは言いません。
地味な答えですが、『全体として機能しやすい体内環境を作る、生活全般のバランス』が決め手だと思っています。

そして、そのための要素のひとつとしてデータベースを重視しており、その価値を最大限に活かすためには戦略的パワーユーザーという存在が有用だという持論でこのサイトを運営しています。

部署であれ臓器であれ、個性の強いキャラクターを集団の一員としてバランスよく働かせるためには、『好き勝手な必殺技のオンパレード』ではダメで、ベースをしっかり整え、ベース(日常生活)からピーク(戦闘シーン)への“つなぎ”もナチュラルに行うことで、ムダに力を消費することを避ける。
それは人体でも会社事業でも特撮番組でも一緒で、「大人向け」だからレベルが高いとか「子供向け」だからすべてが幼稚だということではなく、根本の土台をしっかりと作りこむことで、「狙ったターゲットに迫る的確な演出」ができ、それを象徴するものとして『地味なリアリティ』について語ってきました。

戦略的パワーユーザーには、この『地味なリアリティ』は非常に重要です。
どちらかというと偏りを追求することで実力を養成する戦術的パワーユーザーとは逆に、バランスをとるために技術力を発揮することが重要になるからです。

一応、『地味なリアリティ』については今回で終了します。
第1回で「戦略とは見えざるもの」と表現しましたが、そういうものを扱うパワーユーザーの姿を形にするために、まだまだ私も模索しながら書いていきたいと思いますので、興味のある【法人】さんは、是非ともお付き合い頂きたいと思っていますのでよろしくお願いします。

戦略的パワーユーザー<2>地味なリアリティ(1)

大人になってしまうと、体面を気にして大っぴらに言えないことって、色々あると思います。
「いい年齢して何言ってるんだ」と思われてしまうこととか、男性の場合は「かわいい」なんて言われたら照れくさくなることなんかも、人前では言いづらかったりします。

「特撮ヒーローが好き」というのも、やはり大人になってからは言いづらいことのひとつだと思います。
子供向けの番組だから、それを好きになる大人は幼稚という解釈が根底にあるのでしょうか。どうも特撮好きは一般的な大人の世界では旗色が良くないようです。

かくいう私は、一時期の「平成仮面ライダーシリーズ」が好きで、中でも「555(ファイズ)(2003年の作品)」と「W(ダブル)(2009年の作品)」が一番のお気に入りです。(残念ながら「ウィザード(2012年の作品)」以降は見ていません)
初めて見た平成ライダーは、上に挙げた「ファイズ」で、日曜の朝、旅先の旅館で何気なくテレビを見た瞬間、衝撃を受けました。
「なんて忙しいんだ」
昭和のライダーしか知識にないので、カット割りの細かさや、目まぐるしい場面展開に度肝を抜かれました。
それから、他のライダーや仲間たちが軒並みハンサムボーイなので、しばらく見ていても
「これ、誰が主人公なんだ?」
と、肝心なところが特定できずにいました。

そして何よりも、各種アイテムを自分の身体の一部のように使いこなしながら格闘する姿を見て、その器用さに『大人』を感じ、そのさりげないアクションに憧れた「大人」の私でした。

意外なことに、それが、新しい職場へ入っていったときに役に立ったことがあります。

大勢が一斉に採用され、同じ業務につく派遣やアルバイトの現場で、「初めてで知らないことだから」と、あまりオタオタしているとそのイメージが定着し、「できない人」というレッテルを貼られがちです。
だから逆に、その他大勢の中から抜きん出られてポジションを引き上げられるとか、認められてそれなりの発言力を持ちたい場合に最も効果的なのは、私の経験上では「仕事の速さのアピール」だったように思います。

「スピードよりリーダーシップ」とばかりに、やたらと周囲の話に首を突っ込んで仕切ろうとする人もずいぶん見ましたが、その人のその後を見ていると、結局嫌われてしまったり、嫌われないまでも上のポジションへ抜擢されるなど活躍の場が与えられないという結果になっていました。
実際に私自身が、エスカレーション案件の担当ポジションに引き上げられ、以前自分がいた現場を見るようになってから実感したことですが、そういった「仕切屋さん」は、口数が多いわりに件数をこなしておらず、周囲を巻き込んで時間を浪費するので、進行管理上ありがたい存在ではないのです。

そんな「仕切屋さん」も、業務立ち上げ早々の“草分け”の時期には一瞬頼もしく見えたりするのですが、実務が軌道に乗って組織的に機能するようになると、困った時の相談ごとは管理者にしてもらえば良いので、いわば「無資格のアドバイザー」に、勝手に他のスタッフを指導されると迷惑なことが多いのです。

話がそれてしまいましたが、この「仕事の速さ」を演出するのに、平成ライダーのアイテム使用アクションが一役買いました。
どういうことかというと、『初めて手にした、何の説明も受けていないアイテムを、いきなり的確に使いこなす』というところをマネたのです(というか、マネしたくなるのです。憧れゆえに)。

具体的な動作を記述してみると、たとえばこういうことです。

手に取って、一瞬だけ顔をそちらへ向け、すぐに視線を外し、ちょっとだけタメを作る(例えば手の中で数センチ投げ上げてキャッチし直す)。そして小さく逆に振ってわずかに勢いをつけてから所定の位置へかざしたりして、「ちょっと慣れた風」の「アクション」にするのが、意外に効果的でした。

こうやって詳細に書くと「バカじゃないの」と思われそうですし、実際、最初は自分で自分に対してそう突っ込みを入れています。自覚はあるのです。

その気持ちを抑えて、まずはアクションのパターンを作ってみます。
そして、現場の状況に照らして、あまりにそぐわないパターンには修正を加えます。
そうやって有効パターンを次々と作り、それらを組み合わせると、頭とアクション(リズム)で覚えるせいか、業務自体が案外早く習得でき、「自分なりの勝ちパターン(一定レベルの速度)」が出来てきます。

そこまでいけば、雑多なものを見た時に「どれを選択すれば(どこから始めれば)勝ちパターンに乗せやすいか」という組み立てをイメージしたうえで作業に取り掛かれます。

先にイメージが出来ているので、お得意の特撮ヒーロー的なアクションの連発が可能で、“落ち着いて慣れ切った風”を、業務現場で演出することができ、その姿を見た周囲の人から「求められて」アドバイスをしつつ、速度があるので実績も上げられるため、新人ながら信任されやすくなる状況を作り出せます。(ちなみに、速さに加えて正確さが要求されるのは言うまでもありません。念のため)

特撮の演出のモノマネにすぎないアクションが職場で意外なリアリティを発揮したのですが、考えてみれば番組制作者たちは、視聴者に「未知のことでも楽々とこなすカッコよさ」を見せるためにそのようなアクションを採用しているわけで、職場の大人たちに通用してもそれほどおかしなことではありません。

このように、番組を視聴したことがきっかけで仕事上の高い評価を生み、実利をもたらす一要因になったという点で、妙な話ですが、特撮ヒーローは私にとっては『実用的』でした。

こだわりや自分ルールの追求で実務能力を叩き上げるのがパワーユーザーになる第一条件ですが、それに加えて、周囲のニーズに適応した自分のブランドや個性で叩き上げた能力を演出すると、単なる“戦術的”から“戦術リーダー”へ近づくことができるようです。

地味なリアリティ(その1)は以上です。(その2)ではもうひとつ、特撮ヒーロー(仮面ライダー)を元にした話を展開してみたいと思います。

北海道株式会社の【法人】鑑定を終えて<2>

話を小説に戻します。

北海道社は業務マニュアルがしっかり整っているので、受けた仕事をこなしていくのに適した「指示待ちタイプ」にとって働きやすい環境です。

だから、社内報の創刊委員に抜擢されて戸惑う人も多いかもしれませんが、私がいた会社と違って社長と社員の距離が近く、「どういう内容のものを目指せばよいか?」について、直接語り合う場も作れるでしょう。

指示待ちタイプの人は、先が見えないことに対して警戒心が強いが、最終形が明快になると、持ち前の高い適応能力を発揮して、組織的に機能するようになります。
やがて、企画にコミットするようになり、彼らの中に「企画業務」に長けたキャラクターが育つことがあります。

たぶん、これまでの日常業務を10年やっても身につかなかったであろう能力を、早い場合には数か月で会得します。
社内報企画では社内向けの企画力が養成されますが、本来企画能力に内も外も関係ないでしょうから、養った実力をもって外部に働きかけていく社員も出てくるでしょう。

北海道株式会社は、まず「自社のファン」を作り、ファンの中から新規客を獲得していくマーケティング手法を成功させ、同社の課題『年間を通じた恒常的売上』の達成を目指すべきと「あなた」は判断しました。

指示待ちタイプの社員たちが、その目論見に一役買ってくれると読んで、社内報について【法人】に助言しました。
だから、先が見えないことに警戒心の強い指示待ちタイプに、明快な最終形を示す必要があります。

ちなみに、私の社内報創刊経験で言えば、先ほど述べた『創刊準備号のイメージ』が重要で、その役割は、ナナさんの社内報企画ソリューションが担ってくれました。

・社内報を作るとどういうことが実現されるのか
・制作の困難さの克服方法
・自社から提供可能なサービス(取材・原稿起こし・撮影・印刷等)

これらのことを、経験豊富なプロが、具体的事例を伴って解説し、成功イメージを見させてくれたのです。
そして、次に何を手掛けるべきことを示してくれるので、自分が関わる作業とスケジュールが明確になってきます。
こうして、消極的だったメンバーの頭の中には明快な筋道が描かれ、組織として動く形になりました。

メンバーの頭の中に展開した『創刊準備号』は、私が作ったわけではないので偉そうな顔はできませんが、とにかくこのような経緯で、私たちの社内報は無事創刊し、その後歴史を重ねています。

北海道社がどんな形で進めていくことになるかは、同社の個性によると思いますが、出来上がったら是非とも見させてもらいたいものです。

北海道株式会社の【法人】鑑定を終えて<1>

小説サイトのほうが、ようやく一段落しました。
こちらに掲載しています
前回の反省にもかかわらず、小説はより長くなってしまい、脱稿に苦しむことになりました。
それというのも、「【法人】の手相」に加え、今回からは「【法人】の記憶(データベース)」という要素を加えたからです。
今後はこのふたつを状況に応じて使い分ける形で進みます。

さて、『北海道株式会社』。
「大卒社員の採用にこだわる中卒の社長」というトピックで、その秘密を解き明かしていくストーリーになりました。

小説の中では書かなかった描写ですが、社長の机の引き出しには一枚のスナップ写真がしまわれています。
神輿の前で並んで立つ、威勢の良いねじり鉢巻きとハッピ姿の男ふたり。
若き日の実の父と、その親友であり“第二の父”でもある、北海道株式会社の創業社長です。

残念ながら、現社長はもはや二人と会うことはできず、力を借りることもできません。
だからこそ、経営者として、男として、重大な決断を下さねばならぬとき、憧れの父たちを想い、力を得ているのでしょう。

こういう写真を机の上に飾る人は時々見ます。
北海道株式会社の創業者でもあるから、もっと目立つところに置いても良いと思うのですが、現社長は個人的なものとして、社員の目につかない場所にひっそりと保管しています。

鑑定の中で『あなた』は【法人】が語る会社と社長の来歴に感動します。
せっかくの感動秘話を、そのままにしておくのがもどかしく、なんとか社員たちに知ってもらいたいと思います。

ソニーの設立趣意書ほどのものではなくても、“創業神話”みたいなものがあればよいと考え、社内報を思いつきます。

小説の中では「社内報の専門企業」へのプロデュース依頼を示唆していますが、これは実在する企業、株式会社ナナ・コーポレート・コミュニケーション(この稿を書くにあたって再確認したら、現在は「ナナ総合コミュニケーション研究所」に変わっていました)を念頭に置いて書きました。
この会社には、かつて私自身が直接関わったことがありますので、少しその時のことを書きます。

当時私のいた会社では、創業神話を作る目的ではなかったのですが、経営トップが社内報を思い立ち、私は編集委員の一人として加わることになりました。
『戦略的パワーユーザー<1>戦略とは見えざるもの』の稿でも少しだけ書きましたが、私は命じられる前から社内コミュニケーション活性化を狙って、ネット上で交流の場を作ろうと画策しており、社内報についても調べ上げていました。
だから、トップがこのタイミングで創刊を命じたことは、いわば渡りに船といったところです。

当初メンバー5人のうち、私だけが
「この試みは必ず成功する」
と信じており、それは良かったのですが、集団の中では完全に浮いた存在でした。

命じられたから集まっただけにすぎない他のメンバーにとって、企画会議などは見返りのない本務外の仕事ですので、建設的な意見は出ません。
直属の上司の(いつまでやってるんだ。仕事サボって)という白い眼を、常に気にしています。

それに、“命じられた社員”にとっては非常につらいことですが、『何の作業をすればよいか』について誰も明確な指示を出してくれません。
これは切実な問題です。

普段の仕事とは分野がまったく違い、日常の延長ではないので、慣れ親しんだ作業(得意技)は通用しません。
すると、付加価値をどう作ってよいかわからなくなるのです。

私が関わった社内報創刊プロジェクトでは、編集長自身も諦めの境地にいました。
「壁新聞みたいなモノしか頭になかった」
と、彼はのちに、私に打ち明けました。
別なメンバーはこう言いました。
「そのうち形骸化して、『やってます』的な言い訳のためにする無駄な作業になるだろうなと思ってました」

ひとりだけ意気込む私が、無理矢理な企画を作り、印刷会社の見積もりを取って依頼すれば、一応社内報はできたと思いますが、それでは上の二人がコメントしたレベルにしかならなかったでしょう。

どうしても、最初にメンバーの意識を変えるところから始めなければならず、そのためには『創刊号』を出す前に、全員の頭の中に『創刊準備号』をイメージさせる必要があったのです。

戦略的パワーユーザー<1>戦略とは見えざるもの

「戦略とは見えざるもの」と言います。

A:「今日午後から客先回りするから、サンプル品の出庫しておいてくれる?」
B:「あ、はい。今『戦略』やってるので、終わったらすぐやります」
なんていうフレーズはまず聞かれません。

『戦略』と直に書いてあると違和感があるので、例えば
B:「今、Z商事グループ囲い込み企画の素案を作ってるんで、それを先にやらせてください」
というと、何やらただの事務作業とは違って、作戦立案だから戦略かなと思ってしまいそうです。

しかし、今、営業部全体のミッションが“得意先の深掘り”なら、「○○グループの囲い込み」というのは繰り返し業務(戦術)です。「企画」と呼ばれてはいても戦略とまでは言えません。相手の会社ごとに細部の造りが異なる“パッケージの組み立て作業”といえるでしょう。
といって、そういった作業のレベルが低いと言っているわけではなく、『戦略』と『戦術』という言葉が誤用されやすい代表例ではないかと思うのです。

また、私の実体験で、こういう例もあります。
「仕訳伝票入力は『戦術』だが、IRや税務、キャッシュフロー計算書作成は『戦略』だ」
として、経理部の中でも自分が一番と自負する決算担当者(部長ではない上司)と仕事をしたことがあります。

しかし、これも違う気がします。
企業のアカウンティング業務としてレベルの高低があったにしても、やっていることはお互い“経理作業”ですから、決算業務だって毎回やっている繰り返し作業にすぎません。

これもまさに、『戦略』『戦術』誤用の主な例であると、ランチェスター経営の竹田陽一先生は述べており、曰く「戦術レベルの高いものを戦略と勘違いしている人もいる」とのことです。
むろん、企業活動に高い効果を生むIRの方策などは戦略領域と言えますが、それは経営陣の仕事であり、せっせと財務諸表を作っている人間がしているのはれっきとした戦術です。

ちなみに余談ですが、当時の私も決算担当で、「IR等が戦略」と主張する彼が言うところの「高いレベル」の端くれでしたが、彼の価値観には賛同できませんでした。
なぜなら、我々のような決算担当ではなく、振替伝票の作成や各種請求書の取りまとめをしながら、電話や来客対応までをテキパキとこなしていく「レベルが高くないほう」の社員たちのほうが、頭の切り替えの早さや対人接触能力などを含め、むしろレベルが高かったと思うからです。
その会社では経理部に対し、全国の営業所や取引先との応接機能に加え、本社への来客対応までが課されていました。だから、それも込みで考えないとフェアじゃないと思えたからです。

さて、この稿は【戦略的パワーユーザー】というものについて述べたいと考えて書き始めましたが、さすがに一息で書ききれないと思いますので、少し段階を踏みたいと思います。

戦略は「見えざるもの」ですが、パワーユーザーというのは、「どんな人がそれに該当するか」の基準そのものが曖昧なので、見えるとか見えないとか以前に、存在自体が不確実です。

たとえば、「戦略」という言葉は一般化しているので、意味を深く知らなくても、その単語を聞けば何となく馴染みがありますが、「パワーユーザー」という言葉を聞いてもピンとこない人のほうが圧倒的に多い。
「○○さんみたいな人」と、特定の人の名前を挙げ、その業務スタイルと絡めて表現しないとニュアンスすら伝わらず、伝わったとしても解釈の仕方は聞いた人によりまちまちです。

<BIツール>の記事でも少し書きましたが、戦略を展開する適切な仕組(主に基幹システム)が準備できれば戦術(日常業務)の成果が大きくなるので、システム関発にかけた投資利回りのアップが狙えます。
ゆえに、希望通りに動くシステムを導入するために、戦術-仕組間の通訳ができる彼らをどう活かすかが非常に大きな要素になるのですが、彼らの多くは扱いが難しいということは、<パワーユーザー>の記事に書いたとおりです。

だから、経営的な意を汲み、積極的に協力してくれるパワーユーザーがいたとすれば、それは得難い味方が加わったようなものです。

しかしここでもひとつ問題があります。
戦術の叩き上げで成長したパワーユーザーという人種に戦略発想を押し込むと、もともと持っている戦術能力がスポイルされる場合があります。

戦略と戦術は相反するものではありませんが、現場感覚で叩き上げた戦術家を、その現場から少しでも遠ざけると純度が落ち、炭酸の気が抜けたようになってしまうのです。
本人たちにどこまで自覚があるかはともかく、自分がしている日常業務をシステム化するためには、素人では到底気づかない点までしっかり血の通った形で自動化させる“ユーザー”としての当事者感覚が必要なので、戦術家としての純度が落ちた状態でクオリティーを維持するには、性格が相当な粘着質か、逆に徹底して淡白でないと十中八九環境の変化にやられてしまいます。
これがスポイルです。

スポイルされてしまうと、ドラクエⅡの真ん中のキャラ(サマルトリア王子)みたいな、どっちつかずの能力者になってしまいます。肉体戦は勇者より弱く、魔力は魔法使いに劣るので、攻撃力や魔法力のパラメータ上昇用アイテムを獲得した時に無視されてしまうアイツです。
優秀な勇者を抜擢して、余計なことを吹き込んで真ん中キャラにすると、大事な現場感覚が失われて発想力が落ちたり、同じ現場のメンバーから疎んじられたりすることがあります。

ちなみに、疎んじられるケースとして、自分の実体験を少し話します。
私は、経理と兼務していた経営企画室業務の一環で、売上仕入の分析表を作っていましたが、その結果は何故か会計監査対応にしか使われていませんでした。
使い道がそれだけではもったいないので、私はこれを営業支援に使おうと、社内広報化を画策しました。

しかしそんな私の姿は、先ほど述べた決算担当時代の私の上司(優秀な勇者)からすると、遊んでいるようにしか見えないようで、「そんな趣味みたいなことをしている暇があれば、もっと伝票をウォッチして間違いを探せ」などと陰に日に言われることがありました(経営企画室兼務の私にとってはそれも仕事だったのですが)。

データベースを駆使して決算作業を省力化していたために、経理部員としての私自身の仕事が、新たな試みのために遅くなることはなく、逆に開示日は徐々に前倒しになっていたので、落ち度と言えるようなものはなかったはずですが、私の居心地が非常に悪かったのは確かです。

ちなみに、私が分析結果を営業支援の手法として使うために「社内広報化」という形を狙ったのは、その会社のコミュニケーションに大変大きな問題があると感じていたからです。
入社後間もなく、営業所内、営業所間、営業所-本社間、そして本社内部それぞれに、形容しようのない重苦しさが感じられ、人事や総務の社員から話を聞くにつれ、それは気のせいではなかったことが判明しました。

これを打破しなければ社員の成長の妨げになり、組織の成長も見込めないと考えるようになりました。
同じ事業スタイル(パターン)の繰り返しで会社が存続できなくなってきたとき、新しい道を切り開くためには、社員と組織の成長は必須で、そのための人材を生みだせる土壌を作っておきたかったのです。

しかし、新参の現場作業員がそんな配慮をしてアクションを起こし、社内を啓発していくのは容易なことではありません。
今でこそ、その会社の幹部たちと会って話をすると、私の言うことがスルスルと受け入れられるようになっていますが、当時の私には理解者がおらず、実に孤独でした。
私の話の内容自体は、今も当時も変わっていないだけに、まさに「今昔の感」に堪えません。

このように一作業員が、自分の担当業務の中でシームレスな発想をした場合でも、経営トップがしっかりと後ろ盾になってくれれば、少なくとも私のように疎んじられる懸念は(表面上は)ありませんので、その点は少し安心でしょう。
しかし、下っ端の側からトップの理解を得ようとしても難しいでしょうから、やはり上から発見してもらわないと中々うまくはいかないようです。
この時、その中間に位置する「上司」という存在が、この辺りのことを大きく左右してしまうのですが、そこに触れると【戦略的パワーユーザー】という主題から逸れてしまうので、この先も、「トップと作業員」という関係に絞って話を進めていきます。

ということで、ここで一旦話を区切らせてもらいます。

【法人】手相解説<第1回  ▲▲社>

2代目社長と古参社員の軋轢を抱える、カテゴリトップの有力企業を占った件の解説
四緑文鳥の小説~▲▲社のくだりを読むにはこちらから

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▲▲社(左手)
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▲▲社(右手)

3の社員線が途切れてしまっているのと、2の製品線がかなり下まで下降している点が目に付く。
また、左手5の市場線が小指側からカーブを描いて薬指に昇っているのも特徴的。

社員線の途切れは、若手(小指側)と古参(人差し指側)との隔たり。右手(プロフィットセンター)と左手(コストセンター)双方とも同じように隔たりが見られるので、全社的に世代間の問題が生じていることがわかる。

製品線が長いのは長く愛される製品やサービスを扱っている傾向。下降するのは自社製品やサービスを提供することに夢やロマンを感じて、ときに利益を度外視する傾向。モーレツサラリーマン全盛の時代に「家庭を愛する大黒柱」的な人物をターゲットにし、顧客と共に次の時代を築いてきた▲▲社ならではの線ともいえる。

ブランド力や人気を意味する市場線が、実務力や行動力を意味する小指側の第二火星丘からカーブして昇っている。
左手は仕入を意味するので、実直な行動の積み重ねで仕入ベンダとの強力な絆を築いたことが、自社の強みになっていることがわかる。
基幹システムに大金を使うより、仕入先との一層の関係強化を図るほうがよい。流通体制の改革はあくまでもその延長線上で行うこと。
従来の仕入ベンダを失うことは大損害をもたらす。表面的な効率の追求と引き換えにしてはいけない。

取引先線の食い違いで、左手(仕入)のほうが右より4年遅れているのは、ベンダとのより深い関係性が定着するまでに少し時間がかかるためだが、ここで高度な関係性をしっかり作っておくことがとても重要。その意味で、官庁や教育機関のボランティア活動を会社づきあいの一環にするCSR活動は効果的。

小指下の縦線(キャッシュフロー線)は、右はしっかりしているが、左はとぎれとぎれ。
営業キャッシュフローを着実に回すなら問題ないが、フリーキャッシュフローの点で不安が見られる。
ここでも、無理なシステム投資が適切でないことが暗示される。
自社ブランディングや、社員の家庭環境のサポートにもつながるCSR活動経費としての支出が効果的。

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今回の基本線ガイド
個人 【法人】
生命線 取引線
知能線 製品線
感情線 社員線
運命線 取引先線
太陽線 市場(マーケット)線

▲▲社の【法人】鑑定を終えて

▲▲社の鑑定が終わりました。⇒小説はこちら
4月初旬に4分割程度で書き終える予定だったのが、予想外に長引きました。
初回なので、鑑定をするときのポイントなどもちりばめていくうちに、ついつい長くなってしまいました。
あまり長いと読みづらくなってしまうので、今後の課題にしたいと思います。

会社の歴史的背景や、事業フローの図解など細かな描写をしていますが、この▲▲社というのは特にモチーフはなく、完全に私の創作です。
今回は、2代目社長と古参社員たちの関係悪化がテーマになっていますが、こういった2代目経営者が直面する問題は、沢山の社員がいる規模に限らず、個人商店でも普通に起きていることでしょう。

「強い親父」に圧倒されて、壮齢になっても常に親父の顔色を気にしながら接客している商店主もいるし、番頭さんのような有力な古参社員に何かとダメ出しされ、あたかも部下や後輩のように扱われている社長もいます。

▲▲社の2代目社長は、幸いにも親父さんや番頭さんに振り回されることなく、社内に不動の立ち位置を確保することができました。低迷からのV字回復を成し遂げた実績が、親父さんや番頭さんに認められた大きな要因のひとつであることは確かでしょう。
では、そういった、周囲を納得させる実績を得られないまま、単に親父さんの体調が思わしくないからとか、高齢になってきたからという理由で経営トップの座を譲られたなら、2代目はいつまでも小僧扱いされてしまうのでしょうか。

私は、▲▲社の社長はきっと、そうはならなかったと思います。
小説の中では書きませんでしたが、彼は以下のような意図で社業に取り組んでいます。

 【願望】  地域と国家に尽くす経営者になる
 【目的】  ▲▲社を日本一「官と学に強い流通商社」にする
 【目標】  全社を新流通体制に組み直してシンプルな管理体制にする
 【戦略】 旧来の煩雑な業務フローを払拭
古参社員の豊富な経験で自社特性を前面に出してブランディング強化
 【仕組】 基幹システムによる作業環境の統制
若手社員の積極的な抜擢
古参社員の余力を作り出す
 【戦術】 旧ベンダを新体制へ誘引
新仕入ベンダ開拓
新商品ラインナップの営業

※願望・目的・目標・戦略・仕組・戦術、という流れは、ランチェスター経営の竹田陽一先生が提唱しておられる、戦略と戦術の区別の仕方を参考にしています。

大学卒業と同時に親父さんの会社に就職した2代目は、当然ながら他社のことを知らないので、自分の会社のカルチャーにどっぷりと染まって、戦術(道具を使ってすることや繰り返し作業)を徹底的に極めてきました。

通常の従業員的な感覚では、そんな毎日の連続で会社は存続していくように見えるため、ひたすら戦術を磨くことに注力し、戦略の勉強はしないまま月日が経ってしまいがちです。

ちなみに、戦略とは将軍の術。「軍全体の効果的な勝ち方」であり、つまり経営戦略とは「会社全体の効果的な業績アップの方法」で、営業戦略とは「営業全体の効果的な成果の上げ方」だそうです。

たとえば、飛び込み営業を繰り返すだけでは効果的な営業管理にはつながらないため、新規開拓の名人が戦術の実績を買われて営業マネジャーに抜擢された後、管理能力の点で挫折したりするケースがあります。
戦術は重要ではあるが、ある時点からは戦略に切り替えないと、優秀な管理者にはなれないということです。
竹田陽一先生の表現は面白くて「成人病が出始めるまでに戦略を身に付けよ」といったことを言います。
戦術の7割は長時間労働で体力勝負のため、身体にガタが来る前に組織を動かして仕事する術を会得する必要があるからだそうです。

だから、特に経営者は戦略と戦術を明確に区別できるようにならないと、会社全体が間違った方向へ向いてしまい、経営を構成する各要素への戦力配分がうまくいかず、それが業績に跳ね返るというのが大事なポイントになるそうです。

▲▲社の2代目は、戦略について勉強したことがあるのでしょう。
「自分は何のためにこの会社を経営していきたいのか」という個人の『願望』のレベルが高いので、願望実現のための『目的』と、目的を達成するためのとりあえずの『目標』までが割とスムーズに設定されています。
兄貴分たちと熱心に戦術に取り組む姿勢を見せて先輩たちの信頼を得、戦略発想で会社の方向性を決めていける資質を備えた彼は、V字回復の立役者というタイトルを得なくとも「小僧扱い」はされなかったと思います。

そんな彼ですが、『戦略』を展開する『仕組』のところで、もう少し親父さんや番頭さんたちとコミュニケーションがしっかり取れれば問題はより小さくて済んだのでしょうが、通販事業確立の手並みが良すぎて、先達の意見に耳を貸すよりも、自分の感性で押し切ったほうが効果が高いと思い込んでしまったのかもしれません。

戦略の立て方に重大な欠陥があった場合、それを戦術でカバーすることはできないというのが、竹田流ビジネスモデルの重要論点ですが、今回の場合は、それを基幹システム導入で解決しようとしました。
しかし基幹システムは、戦略目的を達成するために行う『戦術』を大幅に高速化させる『仕組』のひとつですから、戦略上に問題点を抱えている場合、それをも高速化させてしまいます。

今回の小説の中では、実直に働いてくれた古参社員を軸に、より高度なマーケティングを狙った社長が、肝心かなめの古参たちとのコミュニケーションに失敗していますので、戦略に齟齬が生じています。
システム会社は「デュアル製品マスタ」など、テクニックを凝らして対応策を提案しますが、それは根本的な間違いを助長するようなもので、もしこれが完成した場合の末端業務は「システムのお守り」に大幅に戦力を消耗させられることになります。

しかし、構想段階で話している関係者は、こういうことまで思いが至らないことがほとんどです。
システム会社は、フールプルーフの対策には詳しいですが、それは操作方法への対応であり、システム入力に至るまでの業務フローが不適切だった場合の対応まではできません。
いわんや、戦略の問題点まで踏み込むなんて及びもつきません。それは開発を依頼するクライアント側の責任範囲だからです。

でも、残念なことにシステム導入の打ち合わせでは、依頼会社は「その部分はシステム会社がやってくれる」と境界線がはっきりしないまま都合よく解釈することがよくあります。
これが、システム導入で失敗する最大の要因だと私は思っています。
その点をはっきりと指摘するシステム会社も多いですが、プロジェクトマネージャーにその指摘をしても、それを受けて社内意見をまとめる力がないことが多いのです。誤解を恐れずに言えば、ほとんどすべてのケースがそれに当てはまると思っています。

本来システム導入のプロジェクトは戦略展開レベルなので、会社規模にもよりますが、担当するのは経営トップや取締役クラスの、ある程度経営に対するオーナーシップを持った人でないと務まらないことだと思います。
それなのに、システム室とか総務部とか、配属部署や担当業務が「システム向き」だからという理由でそれ以下の人物に託してしまうのが、むしろ常識であるのが現状です。
そういうメンバーがどんなに集まっても、戦略上の問題点にスポットが当たる可能性は極めて低くなりますが、システム導入の現場はそのように形成されてしまうことが大半です。

いっそのこと、経営トップを飛び越えてあなたがた【法人】に訴え、みなさんが自在に醸し出せる「社内の空気感」や特定人物の「誘導」により、システム導入時の判断ミスを無くしたいと考えたのが、この小説を生み出した源泉です。

今後もこの点に絞って「あなた」が活躍する物語を作っていきますので、【法人】の皆さまは社内でシステム検討の話が湧いてきた際は、こちらを参考にしてみてください。