<第16回>デキるサラリーマンの予測力(6)

前回ディスってしまいましたが、実は「知っている範囲内のことならできる人」が使う限定的な『予測力』でも、身に付けさえすれば、それだけでもかなり“デキるサラリーマン”です。
特に20代から30代の前半くらいまでは上司からは認められ、同僚からは頼りにされるので、ついついそのレベルに腰を落ち着けてしまいがちです。

しかし、20年以上ビジネスの現場を見続けていて気付くのですが、若い頃早々にデキる評判を獲得したことに気を良くし、伸びしろを放棄してしまったことで、役職に付いたころからかなり苦しい状況に陥っていく人が大勢います。

「一業務を構成する『作業』の担い手」としての戦力計算対象になっている時期では意気揚々と働けた2~30代から昇華して「経営的な課題解決の担い手」と、いつの間にか会社から自分への戦力計算の評価基準がハイレベルになってしまうのが、サラリーマンの宿命……いや“デキるサラリーマン”の宿命です。

しかし、会社から自分への評価基準が変わったことに気づかない人が多いため、自己評価とのギャップに戸惑って落ち込んだり憤ったりしますが、それは立っているステージが変わったからです。

社長や他の経営陣が、前回説明したような「イレギュラー作業によるほころびの補修程度の仕事」を、『トシ喰った幹部』に求めるか? と考えると答えは明白です。

「その程度のことは、ほかの『トシ喰っても幹部になれてないヤツ』にお茶を濁させておけ(お前はそうじゃないだろ? それともそうなりたいか?)」
と考えるのがビジネスの現場でしょう。

<第15回>デキるサラリーマンの予測力(5)

記憶力を予測力として使いこなすと知的な点が強みとして認識されやすい、ということを前回書きました。

繰り返しますが、職場などで「不測の事態にもかかわらず、まるでそれが最初から計算に入っていたかのような冷静な態度で切り抜ける人」を見て「カッコイイな」と思ったことはないでしょうか?
(この記事を読んでいるあなた自身がそうではないか? という話も、前回しましたね)

今回は、前回『気が利く』『頭の回転が速い』と表現した人のうち、一部の人をディスることになりますので予めご了承ください。

「知っている範囲内のことならできる人」はいたるところにいます。
どこかのケースを今回のことに当てはめて、辻褄を合わせて過去と同じ結果にしつらえるレベルの人は、色々な場所で見つけることができます。もちろん、微調整レベルで、です。

あらかじめ手順書を作り上げてメンバーに訓練まで施しておけるほどの腕前ならばスゴイのですが、そこまで実現できる人はそうそう居るものではない。

つまり、インプットのところで多少のイレギュラーが生じても、何とか調整してオートメーションのラインに乗せてしまい、普段通りの平穏さをキープしてメンバーの心をみだりに振幅させないタイプが「知っている範囲内のことならできる人」です。

“補修”に秀でているというか、既定路線の柱からはみ出したほころびを、もう一度柱に据え付け直す能力であり、『予測』の観点でいえば能力範囲は非常に限定的です。

製造業で例えれば、開発やマーケティングといった華々しい舞台における“スター”というよりも、サービスやメンテナンスにおける“名手”ですから、安定感があると褒めることも当然可能ですし、役にも立っているのですが、「自分も、ソレとアレの知識さえあればいつか同じことができるな」とすんなり思えてしまう程度のレベルとも言えるかもしれません。

それどころか、ラインを根本的に見直すことが急務であるときに、問題点を覆い隠す結果を招き早期発見をさせないデメリットも、こういった『頭の回転が速い』人は抱えることになりますが、この話は別の機会にしましょう。

<第14回>デキるサラリーマンの予測力(4)

新展開に対して冷静沈着で、余裕を持って取り組み、先頭に立ってメンバーを率いている。
あるいはひとり静かに淡々とこなし、常に結果を出している。

こんな具合に仕事している人を見たとき、どんな風に見えますか?
『気が利く』『頭の回転が速い』など、業務内容よりもまずその人固有のイメージが先行し、頭の良さが強みの“知的キャラ”に見えないでしょうか。
あるいはこれを読んでいるあなた自身が周囲からそう思われ、“知的キャラ”の称号を獲得しているかもしれません。

ところでそんなあなた、又はあなたが一目置く人のキャラ構成に一役買っている気働きの質の高さは、“思考”というより“反射”がベースになっていませんか?

ある事態に接した瞬間に、反射のように次の行動が決まっているなど、『予測力』の賜物ではないでしょうか。
過去に経験したパターンを瞬時に当てはめ、合わない点はやはり一瞬で微調整することが、無意識のうちに行われる。
そうしてアウトプットされるものは「思考した結果を予測として出す」でも良いし「前にもこんなことあったな」でも問題はなく、とにかく次の指針を示せて行動に移せればよく、それで人を動かし、結果を出してきたはずです。

ではなぜ、そんなことが自然とできてしまうのでしょうか?
できていない人に対し、どう指導すればそのような力をつけさせることができるでしょうか?

経験情報の格納庫の扱い方 = データベースの活用術、と前回の最後に書きました。

IT技術者の領域と思われるデータベースですが、社内のデータは行動記録の集合体で、ヒトの経験や記憶です。
コンピュータを通すから「自分はIT技術者じゃないから関係ない」と思ってしまいがちですが、条件を取り去ってシンプルにしていくと、ITシステムの本質が見えてきます。

<第13回>デキるサラリーマンの予測力(3)

脳の錯覚を自分に都合よく解釈すると、新展開に対する過度の怯えやためらいから解放され、記憶の定着度が高まり、質を向上させようとモチベーションにもなり得るという話を前回しました。
ニュアンス的に少し言いすぎかもしれませんが、これを、「脳内の地の利を活かした『経験情報の格納庫の扱い方』」と表現してみることにします。

しかし、偶然起きる脳の錯覚現象は意図して起こせるものではなく、それではコンスタントな結果を生むことができない。それでは、表現方法をどんなに工夫したからといって、“デキるサラリーマン”への道しるべにはなり得ません。

もちろん、脳科学の専門家でない私には、錯覚を起こさせる脳内メカニズムなどの知識はありません。
私が提唱するのは、日常的に働く職場のインフラなど、脳の中ではなく外部環境を活用する方法です。

職場内に当たり前に存在するモノの使いようによって、常人の数倍の速度と深さで業務習得が為され、その際の思考パターンのバリエーションや、多様な場面での対人力が磨かれた結果、周囲の評価や評判を得、信用を勝ち取るものです。

四緑文鳥.netの他の記事を読んでいる方なら大体想像がつくと思いますが、「日常的に働く職場のインフラ」とか「職場内に当たり前に存在するもの」と表現しているのは、データベースのことです。
経験情報の格納庫であり、それを扱う能力は「データベースの活用術」を指します。

ただし、『データベース』と言った途端に「自分には無縁」と気持ちを離してしまう方もいると思いますので、手法の話に入る前に、もう少し事前情報を書き加えておきます。

<第12回>デキるサラリーマンの予測力(2)

本稿は職場内での評価を上げるための『予測力』についての論述ですが、まずは脳の話から開始します。

未来を予測する脳の部位は、記憶を蓄えておく部位と距離が近く、デジャヴのような現象はこれに起因すると言われます。

人は、新しい事態に接したとき、まず本能的に危険を避けようとする。
将来の状況をイメージして、それに備えようとするわけです。

そのときに脳内では「予測する部位」が働くのですが、ここでちょっと間違ってすぐ近くにある「記憶の部位」が作用し、「過去の記憶を素に未来を思考する」のではなく「記憶をダイレクトに思考結果としてはじき出す働き」をしてしまうと、未知のことに向き合っているにもかかわらず“経験”を実感してしまう。

過去を探った覚えはないのに瞬時に浮かび上がる既視感。
つまり、考え出した実感はなく、何やら与えられた情報(啓示)のように感じられると、「このシーン、前にも同じことがあった」と錯覚してしまう、という仕掛けのようです。

デジャヴを神秘的なものと信じている人は認めたくない理屈でしょうが、脳内現象にすぎないという意見に私は納得しています。
それよりもこの稿は、「予測力を身に付けてサラリーマンとして出世するには?」が主旨ですから、神秘の力より脳内現象のほうが疑似場面を用意するにはより現実的です。

起きているのが脳の錯覚だとしても、新展開の場面に出くわして皆がこわごわと手探りする中、自分だけは「すでに経験済みの心境」に立ち至ることができれば、落ち着いて事態を眺め、“ためらい”ではなく“慎重に”対応する道が開かれます。

また、「頭に浮かんだ“あやふやな1回目”よりも良い形に仕上げたい」などのモチベーションにつながることもあるし、主観的な経験値が「2」であることから、体験の繰り返しとして記憶への定着度も期待できます。

<第11回>デキるサラリーマンの予測力(1)

『予測力』がビジネスを創造する、と言われます。
マイクロソフト日本法人の社長だった成毛眞さんや、サンマルクホールディングスの片山直之さんなどは、そういった意味のコメントをされています。大事なのは努力よりも予測力だ、と。

それなら、
と、私たちは考えます。

その『予測力』を鍛えることはできないのか?
もしそれが叶うのなら、次のビジネスを築き上げることができる。
新たな市場をつくって、社会に打って出ることだってできる。
四緑文鳥アカデミーの「3ステージ5プロセス」でいうところの“プロデューサー”に相当する働きです。

圧倒的な先駆者利益を手にすることができるでしょう。
だからこそ、予測力を身に付けたい人は多い。

では、どうやったらそれが可能か?

いや、自分は起業までする意思はないし、勤め先の仕事にしても、そこまで投機的なレベルにおいて責任は負いたくない。
そんなことより、今の職場内で「デキるヤツ」として有利なポジションを手にしたいだけだ。

そんなニーズを持つ人が『予測力』を高め、自分への評価を得るにはどんな手段が有効か?
これについて、四緑文鳥的視点で考えてみたいと思います。

「働き方」と「働かせ方」

「働き方」というキーワードでネット検索すると、非常に多くの情報にヒットし、しかもテーマとしてまとまっているものが多いことがよくわかります。
現役労働者や、将来労働者向け情報のニーズがいかに多いかを物語っていますね。

一方「働かせ方」は、従業員を抱える組織経営者にとっては重要な情報ですが、あまりバリエーションがなく、閉鎖的な印象を受けます。「働き方」の情報量や充実度との対比で考えれば、もう少し整っていないとアンバランスな感じがします。

事業者に向けた「働かせ方」の情報というと、今だと無期労働契約への転換に関するものが多いのではないかと思いますが、その内容は「従業員から申し出られたら断れないから、クーリング期間を活用して計算期間が5年にならないようにする工夫」みたいな、世間の波に対する受け身的なものが見られたリと、法制度に対するシステマチックな解説や、上述のようなやや後ろ向きな利用方法が掲載されている傾向が感じられます。

経営者の顕在ニーズがそこに多いからでしょうが、それらは「雇用の問題点」であって「人を活かす働かせ方」とは明らかに主旨が違う。

経営者が準備する「働かせ方」には、ネット検索でよくヒットする“法整備”という意味の職場環境と、もっと情誼的(あるいは情緒的)な意味での仕事のしやすさや面白味の提供があると思います。
後者はあまり意識されませんが、労働者、経営者共に強烈に臨んでいる潜在ニーズであり、そこに成果と評価、企業収益と個人収入への跳ね返りのイメージができていると、「ハマる職場」として事業に良い作用をもたらすのではないでしょうか。

僭越ながら『四緑文鳥アカデミー』では、戦略と戦術の説明をする題材として、情誼的な「働き方」「働かせ方」の問題に踏み込んでみました。
決して即効性のあるコンテンツとは言えませんが、サイトの主旨である「コアトレーニング」を腰を据えて行うことで、思ってもみなかった「【法人】の生活全般の改善」が長期にわたって行われるターニングポイントになると信じています。

健康寿命は個人だけに帰属するものではありません。
食べて(収益)出す(費用)だけで、豊かさ(利潤)や生きる意味(理念)を満喫できない身体(法人)にならないためには、やはり体内環境(職場環境)は大事、というか必須です。

この2週ほど、告知不足だった『四緑文鳥アカデミー』の紹介文を連日アップしてきましたが、このへんで一旦休止し、小説など他のコンテンツを開始するつもりですので、そちらもよろしくお願い致します。

忠実な部下が上司を言い負かす時

「上司のいうことを聞かなければならない」という制約は「上司のいうことを聞いていれば良い」という保護を、同時に受けていることでもあります。
「そんな単純なものではない!」といった言い分はいくらでもあるでしょうが、いずれにせよ、世界を狭く見ていられる心易さの代償といえます。

下積み時代に先輩や上司の言に従い、たくさんの経験をして視野を広げるのは大切なことですが、その『視野を広げる』という事柄の中には、上司を説得して自分の意見に従わせ、業務の流れを変える、なんて矛盾するようなものもあります。

「上司のいうことを聞かなければならない」という不満を漏らすのは、たいていは言うことを聞く忠実な部下(良い子)であることが多いですが、それゆえ上記の局面に立ち至ると葛藤や恐怖に耐えかねて「見て見ぬフリ」で正面から問題に取り組む努力がおろそかになることがあります。
自分でも問題から逃げている後ろめたさがあるので、そのエネルギーが上司の愚痴へ転換され、愚痴を繰り返しながらキャリアを重ねているうちに、ディベートが弱点になってしまうなどの歪みを生むことがあります。

『四緑文鳥アカデミー』では、良い子が一皮むけるプロセスを掘り下げています。
一皮むかずに年齢を重ねた時の悲哀にも少し触れていますので、心当たりのある方は、周囲に気づかれないように注意しながらそっと覗いてみてください。

戦略は鏡に映らない。見映え担当者の心得は?

「チーム力を上げるように」と命令されたとします。やり方は任せるので全て自分で考えろ、とも言われた。

「そんなこと言われて、どうしたらいいんだ?」と悩む人や
「そう言われるのを待ってたんだ!」と喜ぶ人など、その悲喜こもごもはともかく、大まかな流れとして以下が考えられます。
 1:チームメンバーを鍛え直す
 2:チームメンバーの動きは特に変えず、働きを増大させる
番外:自分が3倍働く

「1」を試みるも最後は「番外」へ追い詰められている方はいないでしょうか?
自分がメンバーを直率するリーダーだった時代なら、番外的な動きで上層部の目をごまかすことも可能でした。
しかし、リーダーたちを束ねるほどに出世してしまうと、そうした手は通用しない。

これこそが、戦略のフィールドに立ったことを実感できるシチュエーションではないでしょうか。

冒頭の「悩む人」のようにここで嘆くのは、リーダー時代に戦略的発想の養成をおろそかにしてきたからかもしれません。
リーダー用の装備は充実していたが、マネージャーに昇格したら素手になっていた、では、出世をきっかけに崩壊が始まりかねません。

『四緑文鳥アカデミー』では、戦略発想の前に「仕組発想」の解説をはさみ、戦略ステージに上がるための準備を行いやすいように配慮しています。
固定した姿を持たぬ「戦略」を扱うためのキーポイントに意識を向けるきっかけにしていただきたいと思っています。

作業量より、圧迫が怖い時代

「人が欲しいというが、今は増やせない」と突っぱねられるが、その厳しい状況の“今”というキーワードを支点に、
「今、こんな動きがあって、その影響で今後こうなる」と言われて、仕事だけが増えていく……。
力点の弱さ(現場の窮状)を訴えているのにその部分は増強されず、支点と力点の距離を離して作用点を軽くする願いとは逆に、支点を手元に寄せられてしまうという、完全な「逆レバレッジ」で追い詰められていないでしょうか?

安直に「仕方ないから、今いる部下をこき使えばいい」とは言いづらい社会情勢であることは、昨今の事件や、それを受けてうるさくなってきている雇用や労働関連の法整備からも明らかです。
つまり、今まで1日100回行っていた作業を、部下を脅しすかしして1日に500回やらせるといった戦術強化では、事業活動にほころびが出てくる局面になったということです。

「“改良”ではなく“革新”」「戦術ではなく戦略」という発想の転換は、バブル崩壊後のビジネスではとっくに着手されていたことですが、ビジネスモデルレベルでの転換から今や『部下の働かせ方レベル』にまでもその影響が及び、おまけに法規による制約を伴って現場(特に管理者)に突き付けられるようになりました。

『四緑文鳥アカデミー』では、戦術的な働きと戦略的な働きとは何なのか? に加えて、戦略を戦術として効果的に展開する“仕組的な働き”についても詳細に解説しています。
増大する作業量や各種の課題など、消化不良なほどの仕事に圧倒されている方や、その予備軍の方は参考にしてみてください。