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給与制度に潜ませる「金銭欲求」と「成長欲求」
私は給与実務というものには、公務員時代の専任期間も含めて結構長く携わり、民間企業に転身した後も経理などを担当したことから、トータルで10年以上は関わっています。
それらの経験を踏まえて、雑感や実感と共に理論を展開してみたいと思います。
「私は給与担当です」と名乗った面接官が最も記憶に残る理由
このサイトでは、「払う側」と「もらう側」の立場の違いによる感情バランスに注目しています。
両者の距離がどれだけ近くても、間に「給与」を挟んだときは、どんなに頑張っても本質的な利益相反を背負っているので一心同体にはなれないし、ちょっとしたことで反目し合うこともあります。
だから例えば採用面接の際に、会社側はあまりその点を細かく突っ込まれたくないし、働く側もそれがわかっているから、たとえ給料のことが最大関心事だとしても、あまりそこをズケズケと質問しづらいでしょう。
経営者と従業員がたとえ対等に近い関係でいても、こと「給与」を絡めた関係では、両者の間には互いに踏み込めないアンタッチャブルなエリアが存在し、距離が開いてしまうのが一般的な姿ではないでしょうか。
ところが、組織内で給与実務を扱う立場にいると、容易にそのアンタッチャブルな部分に接することが可能です。
ありていに言えば、個々人の金銭事情に直接影響する給料の内容と、給与収入を左右する評価の実態をつぶさに見ることができるので、各従業員の直属上司はおろか、経営者にもマネのできないコミュニケーションを取ることが可能になり得るのです。
他では語らない赤裸々な話を聞き出せる給与担当者
ふつう「出世欲」や「小遣い欲しさ」といったナマの欲求は、仕事などのオフィシャルな場面で接する相手には隠そうとするでしょう。
特に日本人ではそれが顕著かもしれません。
そこで、会議室などの仕切られたスペースに呼び出したり(呼び出されたり)した場合は別として、一般的なオフィス内の会話で、あまり生々しい金銭がらみの話というものは聞かれないはずです。
しかし、各種手当の申請書や年末調整関係書類などを提出する給与担当者に対しては、職場とはいえ通常の職務に就いているときとは違った面を見せるものです。
「結婚した」「離婚した」「子供が生まれた」「家を建てた」「ローンの借入金額は○○円」「妻の収入は○○円」「扶養家族の障害有無」など、極めてパーソナルな情報を開示しなければならないので、接するときの前提が、社内の他部署の人に対するものとはまるで異なります。
言ってみれば、上司にも見せない一面を、給与担当者には見せるのです。
最も感情が開かれるのは「秘密を明かすとき」
私は手相占いをやっていたので割と経験があるのですが、依頼人は家族や友人にも明かさない事情を、鑑定の場では当たり前に語ります。
これは、占いの効用の最たるものではないでしょうか?
たとえば、カウンセラーがクライエントとの間に信頼関係(ラポール)を形成するのは何より重要ですが、これはなかなか難しいものです。
どんなに優れた理論や技法を知っていても、最初に信頼関係を築いていなかったら、クライエントにそれらを施すのは至難の業です。
臨床心理士や産業カウンセラーなどの資格は学問で得られるかもしれませんが、目の前にやって来た ”悩める来談者” との信頼関係は資格ではありませんので、どんなに頭の良い人でも得られる保証は無く、非常に苦心する方も多いと思います。
しかしそれが「占いの場面」では、かなりあっさりと実現できる。
基本的に依頼者は、自分には感知できないことを聞かせて欲しいから占い師のもとを訪れます。
こちらから働きかけるまでもなく、最初からコミュニケーションへのモチベーションが高い相手なので、色々な話を引き出しやすい。当然ですよね。
当然、他の人には中々話せない秘密も、さほど隠すことなくしゃべってくれます。
そして、普段話せないだけに、いざ口にするときには溜まったものを思い切って放出するので、感情もかなり強く込められた語りになります。
優れた教育は、活発な感情の出し入れを伴っている
他人に隠しておきたい生々しい欲求や要求は、普段は形を変えて「ウソや綺麗ごと」として表出させたり、あるいは抑えこんだり、またはうっかり出してしまったものを取り繕ったりしながら人付き合いしているのが人間です。
ゆえに、そういった人々から素直な欲求や要求を聞き出して生産的に方向づけるだけでなく、普段それらを「他人に見せる用」にコントロールしているプロセスを聞くのも、占い師やカウンセラー、又はコーチャーなどの大事な役目です。生い立ちや性格が出やすい部分だからです。
それに成功した時こそ、面談相手から最もカタルシスを引き出し、アドバイスも通じやすくなる場面と言えるかもしれません。
実は、給与実務を担当していると、それとやや似たコミュニケーションの機会を得る場合があります。
経営者、又は経営陣にとっては、給与担当者にそれなりの人物を据えることで、職場の中に「カウンセリング室」や「指導室」を築ける可能性があります。
ということは、会社は「給与」を単なる賃金支払いの機能と考えるのではなく、その前提となる人材評価までを含めた広い捉え方を心がけて、戦略的に使うべきではないでしょうか。
「給料」は「評価」と対を成している
どうして給与担当者には本音の気持ちを話すのか?
従業員は「給与」にどんな想いを抱き、自分の未来を描いているのか?
労働報酬は単なる金銭授受で済ませるべきものではありません。
金額は評価の裏付けであり、自尊心との背中合わせです。
この点に気を付けながら、上手く活用しましょう。
もちろん、「払う側・評価する側」の上司だけでなく「もらう側・評価される側」である部下の立場の方も、上司との付き合い方の参考にして頂ければと思います。
私の理想は、両方の立場から歩み寄るコミュニケーションの手段として、評価と給与を上手く使ってもらうことです。
できるだけその形を目指して進めていくつもりです。
※説明の中で国家公務員給与制度に触れることが多いですが、私の在籍当時の記憶ですので現在とは内容が異なります。あらかじめご承知おきください。
また、このサイトは給与制度を語るのが目的ではなく、評価と給与を上司と部下とのコミュニケーション手段として使うことを想定しています。
そして、あくまでも民間企業、それも小規模な会社を特に意識しています。
給与制度にストーリー性を持たせるための設定
ここから、公務員給与の話が多くなるので、こう思う方もいるでしょう。
「民間企業と公務員給与は違う。公務員給与をやった経験を元に語られても、ウチでは活かせない」
実際に、私は環境省退職後に民間企業の給与職の救人へ応募し、面接でこのセリフを頂戴したあげく不採用になったことがあります。
しかし……
私は転勤や転職などで結構な数の職場を経験していますが、給与実務がすべて機械化された理想的な形で実施されている現場を見たことがありません。
結局、組織や会社によって個性が違いますし、昨今のように正規と非正規が複雑に入り混じる給与体系や評価方法に統一解釈は無いというのが実情だと思います。
ちなみに私はある上場企業で経理部にいた頃、総務部に対して「給与実務の革新」を提案したことがあります(無論、自分の上司には断ってですが)。
プレゼンの結果、総務部長の了解を得て自ら指揮を執ったのですが、そこで実行したのは公務員時代に編み出した給与情報の管理手法でした。
やってみると、結局のところ給与実務には官も民もない。
せんじ詰めれば「労働に対する報酬の取り扱い」なわけですから、本質的な部分が共通するのは当然のことです。
基本給を「単なる金額」にしない意味
さて、公務員の基本給は「本俸」と呼ばれますが、これは「職務の級」と「号俸」によって一定の額が定められています(図表1《俸給表》を参照)
「職務の級」というのはある程度役職と連動するので
「1級(ヒラ)」
「2級(主任)」
「3級(係長)」
……「○級(部長)」
などと連想してもらえばよいかもしれません。
1年ごとに昇給(1号俸上昇)し、数年単位で昇格(1級上昇)していきます。
私の時代でいう「行政職(一)」の高卒ノンキャリア組だと1級からスタートし、4級に上がる30歳頃までは係員のままです。(図表2《昇給と昇格モデル》を参照)。
ゆえに、実質的に1~3級の間はずっと役無しのヒラ時代が続きました。
図表2《昇給と昇格モデル》
定期昇給に持たせるワクワク感の元とは?
私が現役の頃の定期昇給は、現在の国家公務員給与制度とは違い、年1回行われていました。
ヒラでも係長でも課長でも、これはみな平等です。
入ったばかりの新人も、長年勤めているベテランでも条件は一緒です。
ただし、同じように昇給したとはいえ「自分への評価の跳ね返り」には大きな差があります。
というのは、1回の昇給で上昇する金額には、級号俸によってバラつきがあるからです。
決まった俸給表による機械的な昇給ですし、金額も規定どおりなのですが、昇給によるインセンティブは人によって違う
各級とも低位や高位での昇給は、いずれも上り幅が小さいのです。
だいたい1→2号俸くらいの低位号俸や、20号レベルの高位号俸で昇給する場合、昇給金額はその中間あたりの号俸よりグッと少なくなります。
つまり、低位でも高位でもない中間あたりの号俸で昇給すると、大きな上り幅の恩恵を受けられ、最も旨みを感じられることになる(図表3《ここで昇給しておきたい期間》参照)
図表3《ここで昇給しておきたい期間》
評価される意味づけを、段階的に設定する
1つの級の中で号俸が上がりすぎる前に昇格し、常に黄色部分の中にいるようにすると、収入面で圧倒的に有利です。
ではどうやって、俸給表の旨みが大きいところを渡り歩くか?
キャリアプランを考えるうえで、単なる名誉だけでなく着実に実を取り「名実ともに」を言葉どおりに実践しないと、それこそ実りのない働き方になります。
キャリアプランというと、どんな部署で何の業務に取り組むか?といった”転職用”とか”出世競争用”に注意が向くが、頑張りの引き換えに与えられるインセンティブが明確化されていれば、キャリアプランに一層のリアリティが加わり、モチベーションの高まりが期待できる
「カネ、カネ」と言うとがめついと思われたり「そういうのは後からついてくるものだ」などと説教されたりしますが、そのように諭す上司や同僚だって「カネは別にもらわなくても良い」なんて、聖人君子みたいなことは言えないでしょう。
給与の仕組みが見えていないからこそ勝手な幻想を抱き、ドロドロした欲望や、それを抑圧するための綺麗ごとが跋扈するのです。
規則的すぎてつまらない国家公務員の給与の仕組みですが、このような内実があることを知ると「単純に毎年昇給できればよいというわけではない」とわかってきます。
組織へもたらす付加価値と、組織から与えられるインセンティブを読み解くことで、充実したサラリーマン人生を創造できる。
給与制度をそういうアイテムとして、民間企業でも積極的に使うべきだと思うのです。