戦略とは見えざるもの

「戦略とは見えざるもの」と言います。

A:「今日午後から客先回りするから、サンプル品の出庫しておいてくれる?」
B:「あ、はい。今『戦略』やってるので、終わったらすぐやります」
なんていうフレーズはまず聞かれません。

『戦略』とじかに書いてあると違和感がありますので言い換えましょう。

たとえば
B:「今、Z商事グループ囲い込み企画の素案を作ってるんで、それを先にやらせてください」
こう言えばただの事務作業とは違って、作戦立案だから戦略かなと思ってしまいそうです。

しかし、その時の営業部全体のミッションが“得意先の深掘り”なら、「○○グループの囲い込み」というのは戦術的な繰り返し業務です。
「企画」と表現していても戦略とまでは言えません。

では何が『戦略』で、『戦術』とは何を指しているのか?
曖昧で誤用されやすい言葉です。

私の実体験で、こういう例もあります。
「仕訳伝票入力は『戦術』だが、IRや税務は『戦略』だ」
こう主張し、経理部の中でも自分が一番と自負する上司と仕事をしたことがあります。

しかし、これも違和感があります。

たしかにIRや税務は、仕訳伝票入力と比較すると高度な業務と認識されやすいと思いますが、やっていることはお互い“経理作業”ですから、結局は毎回やっている繰り返し作業にすぎません。

ランチェスター経営の竹田陽一先生曰く「戦術レベルの高いものを戦略と勘違いしている人もいる」とのことですが、これもそんな誤用のひとつでしょう。

この稿では『戦略的パワーユーザー』という存在について述べていきたいと思っていますが、少し難航しそうです。

戦略は「見えざるもの」ですが、パワーユーザーというのは、「どんな人がそれに該当するか」の基準そのものが曖昧なので、見えるとか見えないとか以前に、存在自体が不確実です。

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