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今日初めて知った「データサイエンティスト」

お久しぶりです。四緑文鳥です。
小説も随筆もそっちのけに何をやっているかというと、近々開設しようとしている『四緑文鳥アカデミー』というサイトの原稿書きに、毎日追われています。
戦略と戦術について以下を題材にまとめていますので、もうじきお目にかけたいと思います。
・給与体系
・評価制度
・教育制度
・マニュアル整備
・企業文化

さて、今日の日経新聞1面に「データ分析のプロ育成 日立など9社、5大学と」という記事が載っていました。
大手企業と大学がタッグで、ビッグデータを使った大学院生の育成プログラムを始めるという動きがあるそうです。
ビッグデータにビッグマネーが絡んで、舞台設定は大企業向けということでしょうか。

中小企業向けのものとしてはそのうち、有識者によるセミナーが開催されたりして、トレンドの紹介とビジネスインテリジェンスツールやコンサルティングの宣伝などが行われそうな気がします。

たしかに、大きな企業よりも小規模企業のほうがビッグデータを使いこなしたときの感度や即効性は遥かに優れているでしょうが、ビッグマネーは出せません。
だからといって諦めることはありません。データの扱い方は内製すれば安上がりです。

本来、データ活用効率はデータの持ち方と人間性によって決まるので、お金で買える部分ばかりが大きくなっても、またどんなエリートを集めていたとしても、カラカラに乾いた人間性が土台になっていては金額に見合った高い効果は望めず、むしろ血の通った雑談が当たり前に出来る仲間同士の環境がデータサイエンティストの資質を持った人材を生むのではないかと思います。
だから、小規模企業が持つ可能性は非常に大きい。

四緑文鳥アカデミーでは、そんな小規模企業の『職場環境問題』が生む様々な価値や、それを助成する方策、または阻害する問題点について、なぜか給与の話から触れていきますので興味のある方は楽しみにお待ちください。

サイトデザイン変更に関して(2017.11.5)

デザイン変更に伴って、過去の投稿を読み直してみたら、悲しくなるくらいマズイ文章だったので、ちょっと手を入れることにしました。
投稿前に推敲しているのに、どうしてこんなに下手なのだろうとショックを受けました。
詰め込もうとしすぎなのでしょうか。
ディティールをいかに凝って書いてみても、読み手はそこまで気にしない、ということはわかっているつもりなのですが・・。

昨日はごあいさつを、今日は北海道株式会社の鑑定後に書いた解説文章<1><2>を直してみました。
北海道社の方は、ひょっとしたら、それぞれ半分くらいずつ削ったかもしれません。でも成立している(と思う)。
少しマシになったと信じ、再度お目見えさせて頂きます。

岩手県株式会社の【法人】鑑定を終えて

岩手県株式会社の鑑定編も、ようやく終わりました。
鑑定の様子を知りたい方はこちら
『ビールの指輪』だの『スタビライザー』だの、具体名の多い回でした。
前3回とは異なり、面接室を出るところで終了しなかった話です。
一応のけじめをつけるために、鑑定後の動きまでを追ってみました。

この話も前回の青森県株式会社と同じく、書き始めてから大幅な変更が生じました。
「ノウハウをWEBで無料公開」というのが当初考えていた解決法だったのですが、小説の中でも否定したように、それだと解決時期が読めなくなるうえ、ひやかしの問いあわせや技術相談が次々と舞い込み、岩手社のわずらわしさを増加させ、逆効果になります。

短期決戦でカタをつけるには、やはり権威ある存在からのキツイ一喝を、元受であるビア社に喰らわすのが良いと考え、マスコミの活用を発想したところ、エレクトロニクスの第一人者というオマケまでついてきました。

「何もそこまでやらなくても、『大量生産には応じられない』と主張してさっさと断ればよかったのじゃないか?」とも考えましたが、今回はその、「断って解放されるまでの動き」に焦点を当てた話にしたかったのです(岩手社は自分からは断らず、相手の手を火傷させて放させましたが)。

「この仕事、これ以上自社では受けられない」という事態に接したとき、社長の責任感が強ければ強いほど、その決断にはためらいも生じるでしょうし、いざ心情を吐露してからの交渉やら社内への説明やら、仕事を断ったことによる業績のインパクトやらが十重二十重に心を取り囲んで、責め苦に遭うことでしょう。
岩手社の社長自身がそんなに悩んでいたわけではないのですが、それを傍目で見ている主人公が感情移入する形で表現してみました。

無名だった会社が急激に成長したとき、立ち上げ当初から付き合ってくれている地元の小さな協力会社のキャパシティでは対応しきれなくなり、パンクしてダメージを受けることは実際にある話です。
「そんなに成長できてうらやましい」と感じるかもしれませんが、その渦中にいる当事者たちにとってはたまったものではありません。

このときに、「自社ではもう無理だから、この仕事から足を洗おう」と考えるか「このニーズに応えられる新体制を組んで、大いに事業を伸ばそう」と考えるかは、社長のタイプにもよるでしょう。

今回の話で、岩手社が早々に仕事を手放せば、『ビールの指輪』というコンセプトは市場から消えてしまったと思います。

逆に「このチャンスに事業拡大を狙おう」と、効率重視の作戦展開をするタイプなら、プロジェクトを企画して外注や増員など「経営」で何とか対処しようとして、それはそれはストレスフルな職場環境を創造したことと思います。
上手くいけば『一将功なりて万骨枯る』的な成功をおさめ、逆の場合は多くの関係者たちを路頭に迷わす羽目になったかもしれません。

岩手社は、ビア社の無理難題に、ただひたすら繰り返す作業で対応しようとした初動の遅れが、事態の収束に役立った形になりました。

逆の例として、無理難題を受け入れて実績を上げる戦略は、ある意味丁半バクチみたいなもので、片側に転べば1人の勝者と累々たる屍ができ、もう片側に転べば全員屍になるという結果が予想されます(もちろん、そんなネガティブな形ばかりではなく、事業拡大を図った結果、皆が幸せになる形が無いとは言いませんが、この話に限って言えば、ビア社と仲良く肩を組む気にはなれませんでした)。

無理難題を受け入れず、全体的な調和を保つ戦略を採った場合、無理な背伸びによる組織の疲弊から身を守ることができます。
その結果、鳴かず飛ばずで終わってしまうかもしれませんが、協力してくれた人たちを惨憺たる形で犠牲にすることは回避できるかもしれません。

とはいえ、経営に100%の正解はありませんので、やはり『行くときはガツンと行く』という思い切りが必要です。
結局のところ、トップがどう判断するかということと、その判断にどれだけの人々がついてきてくれるかでしょうから、攻め重視か守り重視かということより、何人の人生を背負っているかという自覚によって、社長の判断は為されるのかもしれません。

いずれにせよ、小規模企業がブレイクし始めてから、理想的な社内体制を短期間に構築するのはまず不可能でしょうし、その逆に、現在ヒットの兆しがまったく無いのに社内体制構築などを真剣に考えることもしないでしょうから、そこは据え置いたまま育っていくのが一般的な企業の姿だと思います。

つまり、業務オペレーションにおける企業体質は、草創期に、社長の性質によって原型が決まり、規模が大きくなるにつれ、その骨格に合わせて自然と形成されてしまうので、システム導入を行うなら体格に合わせたオーダーメイドにするか、既製品に合わせて徹底的な肉体改造を行ってしまうかのどちらかでしょう。

今回の話に出てきたような、今の見てくれに合わせた装飾品のような基幹システムのパッケージを「将来役立つはずです」と勧めてくるような誘いに乗るのは良くないでしょう。
将来は将来の姿に変わっているので、装飾品ならその時の一瞬のトレンドに絞るべきで、今お金を出すことではありません。

どうやらこれは、岩手社では息子たちの役目になりそうです。
2代目、期待していますので頑張ってください。

青森県株式会社の【法人】鑑定を終えて<4>

これの繰り返しがパターン化するうちに、社員たちは「認められている安心感」に浸るようになります。
子供の成長過程で最も大事な親からのメッセージ「お前のことを心から愛しているよ。なぜなら、お前がお前であるからだ」が、常に社長から発されているからです。

決して「お前は○○をしてくれるからエライ」とか「お前は××を持っているからスゴイ」などとは言わないのです。
基本的に「評価」ではなく、「お前ってすごいな」という社長が受けた驚きを、そのまま伝える論調です。

青森社の社長から何となく連想してしまうことですが、古代中国の漢帝国を築いた劉邦は、自身の能力は高くないが、良い意味でそのことにあぐらをかいてしまう人だったようです。
部下の能力に嫉妬せず、細かく規則を作って束縛することもなく、嫌だと思う部下についても他人から諭されると、自分のその感情を抑えることができたといいます。

そういうトップが部下を擁して君臨し続けるうち、時間の作用で「ものが言いやすい上司」「行動責任(実行の決断)を負えばいい上司」そして、「行動の結果が失敗であっても結構許されてしまう上司」といった条件が独特な職場環境を醸成し、優秀な部下が育つだけでなく、他所からやってくるようにもなりました。

青森社の社長を漢帝国の初代皇帝になぞらえるのは、彼を誉めすぎかもしれませんが、似たタイプであることは確かなようです。
何せ彼は、ビジネスモデルを安易に組んだまま見直しもせず、膨張期のアドバイザーを間違え、店舗展開や広告などの追加投資では会社を傾ける規模で失敗し、常識はずれな人数を採用し、業績低迷に焦って上場話に乗りかけるなど、『優秀なビジネスマン』なら呆れかえってしまうような行動のオンパレードで、とても見ていられないようなダメダメぶりです。

劉邦も、宿敵の項羽との戦いでは、とことん負け続けます。
全軍崩壊レベルの敗戦や、陣を構えた項羽に恐れおののき、降伏しに出掛け、その席上で殺されかけて命からがら逃げかえってくるような情けない姿を何度も部下にさらけ出しますが、それでも優秀な部下たちが彼の傍らから去ることなく、結局それによって「最初で最後の1勝」を実現させ、項羽を降して歴史を作った名経営者です。

ダメダメ社長の一部始終を見ながらも、そここそが自分の働きやすい職場であると感じ、日常業務の延長で高い専門性を身につけ、結局それが商売にできるレベルになっていた。
これは、社員たちをそのようにしてしまう社長の手腕だったと考えれば、やはり青森社の社長は名経営者なのかもしれません。

こういうのを『人徳』というのでしょうね。
それに奢って感謝を忘れたりすると良くないですが、『徳』を『得』に置き換えて、「失わないように、感謝しておこう」などと、計算ずくでとか、義務で感謝するようでは、きっと『徳』は失われてしまうでしょう。
青森社の社長は、どうもそんな薄っぺらいタイプではないようです。どうみても「憎めないおバカさん」といった感じですが、それこそが、簡単にマネのできないこの人の才能であるように思えてなりません。

<おわり>

青森県株式会社の【法人】鑑定を終えて<3>

青森社は連年の好業績で社内留保がタンマリあったため、財務体質に余裕があったという点で、これもまたゲタを履いているのですが、以下のストーリーが展開しやすい状態にありました。

業績が下がってきた時に社長は、社員たちが醒めてしまうほど、会社が誕生してからの成長記を熱く語ります。
実は社長の不安の裏返しにすぎないのですが、「ただの強がりやごまかし」でないところが、結果的に吉と出たのでしょう。
強がりやごまかしは、構図でいえば、社長⇔社員という対立構造の中で発生しますが、共に苦難を乗り越えた物語はいわば、社会⇔オレたちと、共通の仮想敵と戦った実歴です。

そして、「熱く語るストーリー」の中で、社員ひとり一人が実名とともに、その活躍を描写されます。

「今、この業務がこの形になっているのは・・」、「大阪支社が全拠点で一番多くの営業マンを使いこなせている力の根源は・・」、「東京支社が本社のサポートまでを迅速にやり遂げられるようになったワケは・・」など、何かの成り立ちの一つひとつは、「誰それはこういうヤツで、コイツのこの働きがあったからだとオレは思っているんだ」と、社員たちの前で繰り返し語り続けるのです。
おそらくその分析も甘かったように思えますが、社長がそう考えている以上、社長の話の中ではそれが真実なのです。

非難や叱責なら、事実と違えば言い訳したくなりますが、自分に感謝して褒めてくれている相手をさえぎってまで話の腰を折れる社員は多くないでしょう。もともと、青森社に採用された社員は、フランクな社長の意思に合った人達ですから、多少の歪曲は気に留めない性格を備えています。

トップが自分の能力や働きを、他のメンバーたちに感激感動の想いと共に語ってくれるので、照れくさくもあり、呆れながら聞いているうちに、筋立てや順番が社員たちの記憶にも残るようになってきます。
そのうち、社長のトークを聞きながら「ここでそろそろ俺の出番だ」などと、うっすら期待するようにさえなります。
歌舞伎の舞台なら、掛け声をかける瞬間を狙って身構えるようなものでしょう。

ちなみに、小説の中でも描写しましたが、『社長の話は、年々ドラマチックになっている』というのは、社長にとっては偶然の産物でしょうが、これは社員たちの心に刺さるポイントです。
同じフレーズの繰り返しではなく、表現方法や、時折別のエピソードが加わることでスケールアップしてきます。
マンネリ化を防ぎ、「次はどうなるんだろう? 俺の活躍は」と、連続ドラマで次回の話が気になって、次の週を楽しみにしてしまう心理も働きます。

この場合、「次回の話」というのは『次週』ではなく、『次に社長が語ってくれる日』となります。
結構長いスパンで、楽しみにしてくれるようになります。
その間には、やたら忙しい日や、クレームを受ける日や、体調の優れない日など、様々なバイオリズムが訪れますが、ハマっている連続ドラマ(自分自身が登場するので非常に関心の高い)を楽しみに待つという底流がずっと存在します。

言葉を変えれば、社長という語り部に、会社の楽しさを見出しています。
自分を認めて称賛してくれるトップに、引き込まれています。それは、自己愛による部分も当然ありますが、いずれにせよ「ウチの社長は面白い」と家族や友人に話します。

<つづく>

青森県株式会社の【法人】鑑定を終えて<2>

青森社の社長は、忙しすぎてクレームが多発したときには、ずいぶんと大胆に大勢の人を採用しました。
昨今の企業の感覚では「ムダに人を採りすぎ」と、採用計画の段階で大鉄槌を加えられるレベルです。
しかし、青森社のケースでは、採用計画はオーナー社長自らが決定しているので、誰からも掣肘されることはありません。
「ヤバい」と思った時に、その狼狽をありのままに反映した人数が、一気に入社しています。

一時期に大勢が入社したため、最近の中小企業ではほとんどなくなっている『同期仲間』が何人もできたことが、その後の様々な事象に対する耐性を高めたり、競争意識で切磋琢磨する実感などを育む原動力になりました。

↑↑これ、この感覚・・。
私の周りでも意外に意識されていませんが、不況ゆえ新人をあまりとらなくなった環境変化に慣らされた『古き良き時代の方々』は、今の時代の人たちとの、このギャップに気づいていません。

不況以前に新人時代を過ごした自分は当たり前に『同期の仲間たちと共に、会社と付き合っていく経験』をしたけれど、今の若い世代の多くがこの感覚を持つことなく社員として日々過ごしていることに気づきません。
同じ会社に入社して、同じ文化や価値観の中で過ごしながらも、根本的な部分で共有関係を持たない相手のことを、「単に世代が違うだけの仲間」と勘違いしたまま教育している人が結構います。

上司と『ひとりっ子部下』の核家族化。
あるいは、
外(他部署)との人間関係を持たずに『家の中で一人遊びする』子供(若手)。
という状態が、ずいぶん多くなっているはずです。

兄弟(同期)の多かった時代に育ったベテランは、自分が慣れ親しんできた価値観が、少子化時代の子供(後輩)には当てはまらないという事実に直面します。
昔なら当たり前にあった、『仲間との付き合いの中で勝手に育つ部分』はそれほど期待できず、一人で情報を統合整理して結論や計算結果を出す速さを持っている割に、「肝心なところが鈍いんだよなぁ」などとブツブツ言っていたりします。

少し話がそれましたが、青森社の話に戻ります。
業務で辛い思いをしていることについて、フラットな関係でフリーダムに語らい、理解し合える仲間がいると、痛みも和らぎます。
また、「こうしたら良くなるのに」といった改善ポイントを、多数派の意見として上に伝えることでそれなりの力(発言権)を帯び、助け合いながら会社を変えていく実感を持つことができたメンバーが、後に中核をなしました。

そして、それらの改善効果や、その他さまざまな要因で業務に余裕出てきた頃になると、今度は業績降下の問題が発生します。
これも本来は、社員を不安にさせる要因です。

<つづく>

青森県株式会社の【法人】鑑定を終えて<1>

青森県株式会社の鑑定編が、ようやく終わりました。
鑑定の様子を知りたい方はこちら
書き上げるまでに3か月もかかり、その間にいろいろな心境の変化もあったせいでしょうが、当初の構想とは大幅に異なる結末となりました。

『識者を擁する企業』という条件を軸にして苦境を脱出、という筋書きは最初から変わっていないのですが、社長の扱いは完全に正負がひっくり返りました。
運頼りでどうしようもないダメ社長を、優秀な社員たちがカバーするという一点に絞ってストーリー展開するつもりでいたのですが、青森社が東京と大阪の支社を撤収するトピックが発生したときに、私の頭の中でスイッチが切り替わったようです。

「この人が、支社の閉鎖にあたって、そう簡単に社員の首切りをするだろうか?」

ビジネスの手腕という点では、もともとが金持ちのボンボンなうえ、家具レンタルの商売については「楽にひと儲けできそうだ」と、割と安易な思い付きで始めたものです。
国家機関にコネがあったことで、そこに勤める事務官たちの手助けを借り、いわば『ゲタを履いて神輿に乗って仁王立ち』といった形で、そこそこの高さの目線を得ました。完全に、地に足がついていない状態です。

まったくもって『地力』とは縁遠い経歴ではありますが、彼は鷹揚な性格という一面を持ち、人好きのする空気感をまとっています。
そのため、自分の周囲の人々に対して、心理的に敷居が低い特性を持っている、というキャラクターでした(小説の登場人物として)。

そんな彼が社員たちを日ごろどう扱っているか、について色々と考えるうちに、
(青森社の社員はなぜ、お客さんの家具選びや間取りの相談までを受けられるほど、専門的な能力を持ち得たか)
という、「識者が育成された過程」に思い至りました。

彼らの多くが青森社に入社した頃というのは、会社は急激な上り坂で、社内は鳴るような多忙さです。じっくりとものを考える暇などはありません。とにかく目の前のことを片付け続けるのが最優先で、左脳的な仕事が要求される毎日でした。

そして、成り行きで出来上がっているスキだらけの業務オペレーションでは、膨大な注文をさばききることができず、ミスを連発し始めます。
それはやがてクレームの嵐へと姿を変え、ただでさえ多忙な業務の間に、お客の怒声として強烈に割り込んできます。

こういう時によく有りがちなのは、クレーム対応にてこずる部下が、上司にその相談をしても逃げ腰で頼りにならず、無理やり前面に出されて必死でしのいでいるところに、上層部からは助け舟どころか「もっと効率を上げろ! いつまで一人の客にてこずっているのだ!」とプレッシャーがかかる、という図式です。

こうなると、社員は不安になります。
「誰も助けてくれない。まともに話を聞いてもくれない。このままだと、つぶされてしまう」
社員が不安になると生産性が下がる、というのは公式といっていいでしょう。やがて、入っては辞め、入っては辞めが繰り返されるようになり、良くないことになるのは目に見えています(あえて細かく描写しません)。

ところが逆に、社員が安心感を得ていると、創造性が発揮されて業績が上がるとか、すぐには上がらないにしても、業績が上がる地盤となるような職場環境の形成が期待できます。

<続く>

戦略的パワーユーザー<10>神は細部に宿り、天才は細部を仕組む

ダイエーとイトーヨーカドー、どちらも同じころから大規模展開をしてきた、日本を代表するスーパーマーケットですが、その趣は大いに異なります。
「売り上げは全てを癒す」と豪語した中内会長が率いたダイエーは、積極的なメディア展開やプロ野球球団の買収など、とかく派手やかな印象を感じさせてきました。
一方、利益重視のイトーヨーカドーといえば、現在も「行ってみヨーカドー」などのCMで知名度は抜群ですが、どちらかというとその子会社であるセブンイレブンの、「コンビニ業界」の先駆けとなった鮮やかなビジネス展開が目を引き、生みの親のほうは比較的控えめな印象があります。

「スーパーマーケット」というカテゴリ自体が世の中に提供する価値は、会社の個性ぐらいではそう大きく変わらない(だからこそ『競合』という言葉が当てはまる)と思いますが、その中で働く人たちにとっては、「個性(戦い方)が違う」というのは運営方法が大きく異なることなので、もし2社間で転職した場合、業界経験はあってもこれまでとは全く違うカルチャーに合わせていく必要があります。

秋山真之は明治35年に海軍大学校の戦術教官になります。年譜によれば34歳頃です。
一方、真之より2歳年上で、山屋他人(やまやたにん)という先輩がいました。変わった名前です。
この人は明治31年、つまり真之より4年早く、32歳で海軍大学校の教官になっています。

山屋他人は日本初ともいえる「海軍戦術」を編み出して普及させた人です。
それは“円戦術”と呼ばれ、敵に対して回り込むように艦隊を運動させて攻撃するというもので、後の日露戦争で単縦陣(一列縦隊)からの“丁字戦法”のもとになったと言われているようですが、どう違うのかが、私にはずっとわかりませんでした。
歴史話によく登場する丁字戦法ばかりが有名で、日本初の海軍戦術を生み出した天才・山屋他人の姿は、謎の“円戦術”と共に、私にとっては長いこと幻の存在だったのです。

しかし、『秋山真之戦術論集』の中で、秋山真之は「“丁字戦法”と“円戦術”とは全く違う」と主張しています。

「敵に対し好位置を占めて有利に戦う条件として、『彼の円戦術のごとく』“距離”を基点に考えてはいけない」と否定的です。
(この『彼の円戦術』という言い回しは他の所でも出てきますので、否定というより「それと比較して」という具合に、引き合いに出して論じるのが目的だったようですので、当時の日本海軍では円戦術がひとつの規範になっていたらしいことがうかがい知れます)

“円戦術”では、最も砲撃しやすい距離に自軍の艦隊をもっていくことを提唱していたようですが、“丁字戦法”では距離の如何を問わず“隊形”を基点に置かねばならないとしています。

つまり、攻撃目標に対して砲を集中しやすい陣形を取ることを重視しており、端的に言えば大砲のフォーメーションが良い感じにさえなれば、距離のほうは照準で合わせるから、戦闘力の4大要素のひとつ『運動力』は距離を保つためではなく、角度を保つために活用するということになります。

当時の新鋭艦同士の戦いでは大砲の性能はほぼ同じであり、「砲撃しやすい距離」は敵味方とも同じになるので、一生懸命動いて有利なポジションをとっても、敵にも同じ利益を与えてしまう。
そのため、“円戦術”は実質的に有利な条件とはならない、というのが秋山真之の分析だったらしく、そのことが簡潔に書かれています。

ダイエーとイトーヨーカドーの話に例えると「売上」が「距離」、「利益」が「隊形(大砲の向き)」といったところでしょうか。
経営上、イトーヨーカドーに対してちょっと分の悪いところがあったダイエーは、対等な叩き合いでは強かったが、多彩な戦い方を支える利益の確保に弱点があったというのが、不振の大本の要因だったのかもしれません。

とにかく、戦術教官が山屋から秋山に変わり、日本海軍の意識は、「敵に対して有効距離を保つ」としていたそれまでの基本的指針とは大きく変わりました。

・・・実は、この稿ではこの後、これを現代風に置き換えて、TVゲームになぞらえて書き進めたりしたのですが、どうにもまとまりが無くなってしまったため割愛します。

それで、こういう「トップの方針転換により日常業務の運用が変わった場合」の企業内の実務担当者の対処法について、少しだけ書きます。

よくある話ですが、大体が急な転換であり、当然、運用変更に伴うマニュアルなどは用意されず、実務担当者たちは日常業務をこなしつつ、「臨時のつもりで」エクセルの列を増やしたり、自分しか意味が分からないセルの色付けをしたり、セルのコメント機能を使ってやたらと書き込んだりして、日々なんとかしのぐことに全力を尽くします。

毎日、次の瞬間未知の何かが起こるやも知れず、常に身構える羽目になり、余力もないので業務プロセスをマニュアルにして標準化を図ったりすることはできません。
つまり、内部統制の天敵である『属人化』が一気に進行します。
上記のエクセルにおける臨時対応のように、スプレッドシートに作成者が間に合わせで追加した、独自の意味や機能が継ぎ足しされ、他の人が見ても理解できなくなるという実例は、皆さんの所でも見渡せば嫌というほどあるのではないでしょうか。

秋山真之がやったように、方針転換した張本人が自ら指導し、思考法から用語の統一まで手を砕くなどというケースは、現代のビジネスパーソンである私たちからしたら実に理想的です。
というか、本来は『当然のこと』です。
現場の実務担当者からしたら、その『当然のこと』はトップがやってくれないと生産性は向上しないというのが当然の言い分です。
一方、経営者からすれば、その『当然のこと』まで自分がやっていたら、会社を切り回せないという切羽詰まった事情があります。

私の感覚では、その中間に立って両者を取り持つ存在こそが『戦略的パワーユーザー』という人種なのです。
要は「仕組を創造する現場感覚」と「仕組を創造するデータベース技術」を併せ持つバランスの持ち主です。

データベースから導き出した定性的な条件を元に現場の方針(全体としての効果的な勝ち方。つまり『戦略』)を創出し、同じくデータベースから導き出した定量的な条件を元に現場の作業手順(繰り返し作業。つまり『戦術』)を構築する人材です。
経営者が、そういう人材をどうやって見つけ出し、育成するかということについて、引き続き表現していこうと思っています。

『秋山真之戦術論集』。改めて紐解いてみると実に面白いのですが、キリが無くなりそうなのでいったん終了します。
すっかり止まっている小説のほうを進めたいと思います。
「競合」に弱い強運経営者の迷走~まだ遅くない、地力の作り方
下町の名工~成長期撤退の美学
これらの展開をお待ちください。

戦略的パワーユーザー<9>「判断」と「作業」は別担当

さて、『秋山真之戦術論集』、もう少し掘り起こしてみたいと思います。
戦闘力を構成する4つの力のうちの4番目、「通信力」についてです。
通信力の比重は戦闘力の中でも最も低く、秋山真之の差配では「1」としてあります。

通信力を構成する『機力』として、信号機、無線電信機、艦内通信機が挙げられ、『術力』としては信号術、電信術、その他通信技術となっています。

信号機は目視範囲内の他艦との通信用機器。無線電信機は目視範囲を問わない通信用機器で、同じ海域内にいる味方への通信のほか「秋山真之の出撃電文」でも書いたように、対馬海峡から遠く離れた東京への通信にも使われました。
艦内通信機は読んで字のごとく、自艦の内部にいる乗組員への通信用で、日露戦争当時には「伝声管」といったものが使われていたようです。

通信力についてのくだりで秋山真之は、「通信力が戦闘力の価値第4位にあるのは効能が低いからということではなく、(当時の)戦闘自体がおおむね人間の視界内で行われるため、人工機関に頼ることが他の力に比べて少ないからである」と言っています。
人工機関(機力)に頼ることが少ないということは、機力 × 術力を戦闘力とする秋山式の戦術計算でいえば、被乗数そのものが小さいということで、乗算の積としては他の3要素に比べて小さくならざるを得ず、だから「価値4位」としているようです。

しかし、通信機関の品質については大変厳しく、「艦内通信、艦外通信の別を問わず、確実にして且つ迅速なるものを要す」とし、確実だが遅いとか、早いけれど不確実な通信機は認めないという価値観を徹底しています。

秋山真之は三六式無線電信機にいち早く着目し、その採用に奔走したといわれています。
戦闘力の内訳としては比重を軽くしましたが、通信力そのものの価値は、特定機器の採用のためにわざわざ軍制にくちばしを入れるほど重視しており、「4大要素としては低いから、通信機以外の他の要素の研究に力を入れよう」と考えてしまうのは間違いです。

私は10年ほど前に初めてこの本を読んだとき、「通信力」のくだりでもマーカーを引いていて、それは次の1文です。
「将校の担任に属する通信法の制定に至りては最も明晰なる組織的脳力を要する至難の事業なりとす。」

通信力の『術力』は、各種通信機を使用する技術であって、それは下士卒の業務になり、その練習や実施は「決められたとおり」にすればよいため、比較的容易だとしています。
ということで、通信力において難しいのは「下士卒の業務運用法を決める」ことであるとしています。

つまり、戦術を円滑かつ効果的に行わしめるための『仕組』づくりが「明晰なる組織的脳力要する至難の事業」であると秋山真之は規定しているわけです。

現場作業員に運用の制定までを丸投げして「これはお前たちが受け持つ『作業』だ」と言い放つ将校は、使えない通信機と同じで秋山教官からは劣等生の烙印を押されてしまうでしょう。
ビジネスの現場において、こういった「将校」のような人は非常に多く散見されますが、『仕組』の発想がない土壌で育ったベテランが陥りやすい一特徴です。
戦術的なパワーユーザーは、一業務に「判断」と「作業」が混在する質の悪い指示を、その経験を活かして分けてしまうことに比較的長けています。
だから、「作業」だけを抜き出してそれを自動化するツールを作れたりするのですが、その効果を汎用化できないという点で別な弊害をもたらすことが多い。

ただ、上で述べたように、それは彼ら戦術的パワーユーザーのせいばかりではなく、そういった質の悪い指示を出す「将校さん」たちに原因の大半があるのではないでしょうか?

『秋山真之戦術論集』、面白いです。次回もこれを題材に話を広げてみたいと思います。

戦略的パワーユーザー<8>戦闘力を高める秘訣

『秋山真之戦術論集』は巻末の表示を見ると「2005年12月10日 初版発行」となっています。
私が購入したのは発売から間もないころで、大きな書店では平積みで置いてあったように記憶しています。
内容や価格からして、その後版を重ねたとしても、発行部数自体は少ないでしょう。ひょっとしたら初版本しか存在していないかもしれません。むしろその可能性が高く、世間に出回ったのは5千部にも満たないのではないでしょうか。

今改めて読み返すと、私が書き連ねている『戦略的パワーユーザー』についての記述の源泉が、この中に随分あることに気づかされます。
その他の読書から得られたインスピレーションや、自分の実体験を経たオリジナリティがアレンジされているため、そう感じられることはほとんどありませんが、ビジネス上の論理構築や表現方法は、この本から得られたものが多い気がします。

私の仕事現場におけるスタイルの中では、やはり平成仮面ライダーが源泉になっているものよりも、戦術論集のほうが、外に向かって堂々と主張しやすくなりますね。ことビジネスにおいては、ですが。

ところで、攻撃力に関する論述のごく最初の部分で、当時の私がマーカーを引いたところがあります。
「攻撃力のうち、人的能力であるため定まった形を持たない『術力』は、兵器として形をもって存在する『機力』の活用において顕在化し、一定の成功を得るもとになるものだ」という一文です。

元の文をちょっとだけ引用すると、以下の記述です。
「攻撃力の無形的術力は有形的機力を活用して其潜力を現力に変化し或る成功を為さしむるものにして・・・」
とあり、術力がゼロではどんなに優れた兵器を持っていても効果はゼロになり(無限大 × ゼロ = 0)、機力が小さくても術力が大きければ、高い機力を使いこなせない敵よりも、むしろ攻撃力は高くなると言っています。

「基幹システムに金をかければウチの業務は低減して人も減らせる」とばかりに、術力の養成を無視してスペックの高さばかりを頼りにしたら、扱いづらい新システムに振り回されたあげく期待した効果は得られなかった、という実例は枚挙にいとまがありませんが、乗算の法則としてそうなるのは当たり前の話です。

有形の機力を金の力で調達するのは、お手軽でおまけにスピーディーに思えますが、企業の戦闘力も乗算であることを忘れてはいけません。
システム会社は「できる限りお力になります」と言いますが、彼らは土に植える作物(機力)を調達する役目しか果たしません。
植えた作物を育てて収穫に導く土壌の養成(術力の養成)は、システムを依頼する会社が果たすべき無形の課題で、それの出来次第で戦闘力は大きく変わります。

ほとんどの会社は術力の養成から目を背けて、「システムさえ入れれば改善される」と、自社の課題を放棄し、乗算の乗数を自ら下げてしまいます。
痩せて悪化した土壌に作物を植えれば、当然作物にも悪影響があります。
養分吸収が弱く、虫を追っ払う天然の害虫忌避成分は作れず、温湿度や日照など外界変化への適応力が低く、常に何らかの手(費用)をかけながらでないと一定の成果が出せなくなります。

システム導入の結果増加(発生)することになったコスト(振り回され費)は、システム導入のために発生したコスト(システム会社への支払い)が霞んでしまうほど膨れ上がっても、日常業務に根差した支出になっているため意識されず、組織自体がそれほどの『高コスト体質』になってしまっていることには気づけません。

秋山真之が「連合艦隊解散の辞」で述べている(実際に読み上げたのは東郷平八郎)「百発百中の一砲能く百発一中の敵砲百門に対抗し得るを覚らば・・・」という部分は、“良い兵器を持て”と言っているわけではなく、兵器は常に進歩するものとはいえ完全無欠には成り難いので、これを効果的に活用する術を構ずべきは使う側であり、研究を怠るなという意味だそうです。
軍人たるもの、平時であれ戦時であれ、常に術力の養成に努めますと宣言することで、当の軍人を戒めているものであることを、『秋山真之戦術論集』の編者もふれています。

前回、戦闘力の4種がそれぞれ『機力』と『術力』で構成されているということを紹介しましたが、秋山真之は「機力は造兵家、術力は用兵家の業務」と分けています。
造兵家は、術力に頼らずとも成果を出せる兵器開発を探求する義務があり、用兵家は実践者の立場から積極的に欠点の改善要求をしつつ、その欠点を持つ現有兵器の最大効果を生むための探求が義務であるとしています。

造兵家がシステム会社で、用兵家がクライアント企業と言い換えると、実に様々な問題点が見えてきます。
また、自社のシステム室が造兵家で、その他各部署のパソコン利用者たちが用兵家である面もあります。

いずれにせよ、誰かが形として用意してくれた形而上の存在である『機力』にばかり目が向き、対極にある無形の『術力』を養うことには目が向きません。
もしくは、資格試験の実力養成のような、本来の術力養成とは次元を異にする形として扱われ、誤解を招いているのが現状です。

秋山真之は、勝ちに奢った武人が練磨の心を忘れて国家を滅ぼす要因になることを、同じ武人として案じ、日露戦争に勝利した日本人がまさにその轍を踏みかねないことを憂慮していたといいます。
そのため、「連合艦隊解散の辞」の最後に「勝って兜の緒を締めよ」という古人の言葉を引いて締めくくっているようです。
事業が上り坂にある企業が一時的な成功(成長)に奢ったときに陥る『機力』偏重主義が、システム導入の失敗という通過儀礼を生むもとになっていることも、これと全く同じことだと思います。

戦略的パワーユーザーは、このようなことが起きないよう、その感性と実務力を旋回させてこの問題に取り組まなければなりませんが、その前に、『戦略的パワーユーザー』を理解し、育むことができる経営者を生み出さなくてはなりません。

今回はここで終わりますが、もう少し『秋山真之戦術論集』を題材に話を進めてみることにします。