469buncho のすべての投稿

<第23回>現実主義者は「人間理解」という角度から精神世界にも寛容

経営コンサルタントの中には、正統派なビジネススタイルでその世界に君臨しつつも、精神世界や運勢の流れといった要素を思い切って前面に出しつつ、クライアントと接触する方々がいます。

例えば、船井幸雄さんや神田昌典さんなど。
いずれもコンサルタント業界で指折りの存在ですが、こういったミックスをする人はそう多くないと思います。

一方、元々が占い師や霊能力者といった立場で、他人の相談にのる経験が積まれ、ビジネスにも強いというスタイルを身に付けて経営コンサルタントとして活動する方も多くいます。

私は今、【法人】の手相を見るという形でコンサルタントを営むことになった、一人の男を主人公に小説を書いています。

私自身に手相の知識があるから、占いに関する表現や描写もしていますが、自分自身は根っからのビジネスパーソン、オカルト嫌いのリアリストです。

占いを本業にしている人からは指弾を受けそうですが、私にとって占いとは統計学の一種であり、コミュニケーションツールのひとつです。

どうしてそんな理屈が成立するのかというと、大まかに以下のとおりです。

●バリバリの現実主義を前提に、業績を狙う行動規範と実行者の心理を扱うと、自然と精神面へ踏み込むことになる

●その際にカウンセリングやコーチングの技術を使うと、必然的に実行者の欲望や、その人が拠って立つルーツの領域へ入り込む

●すると、先天的資質や人生の背景などをまな板に載せられる占いの感覚が重宝する

ビジネスとカウンセリングと占いが、私の中であっさりとつながるのはこのせいです。

そして、この時使うもう一つのツールが、データベースなのです。

データベースに対する解釈は色々とあるかもしれないし、逆にほとんど解釈に広がりが無いものかもしれません。

しかし、私にとってデータベースとは行動記録です。
そして、行動を行うに至る感情記録でもあります。

感情が起きる元には欲望や願望があります。
欲望と願望の違いってなんだ? という疑問もあるかもしれませんが、私は「得たい欲」「与えたい願い」と切り分けています。

そして、「物事を成す」とは、欲望と願望が合わさったものだと思っています。
他者に価値を与えたいがために、立場や能力を欲することが、「物事を成したいという野望」であると考えています。

『コンサルティング』『コーチング』『カウンセリング』

どれも、相手に気づきを与え、行動変容の機会を促すものですが、呼び方の違いはあれど、本質的には同じものではないでしょうか?

<第22回>なぞるだけでは付加価値にはならない

日産GT-Rの開発責任者・水野和敏さんの感銘深い言葉があります。

これまでにない車の開発にあたって、日産が持っている実験基準の約80%を改定したということです。

「車を開発する」とは、部品を作り、組み合わせてエンジンやボディを作るといったふうに、「ハードウェア開発」となるのが普通です。

ですが、ハード開発に専念できる理由は、日産が既に実験方法や耐久性などの基準(ソフトウェア)を持っていて、それに従えば『あとはハードだけを担当すればよい』というベースの環境が準備されているからのようです。

新しい概念で開発されるGT-Rには、その『基準』がありません。

水野さんが言うには

「『時速300kmでスタビリティがあるとか、250kmで片手運転できる』なんていう常識外れの基準は、社内のどこを探しても無い。自分たちで作るしかない」

「20万km走った後でも、設定したラップタイムで0.1秒しか落ちてはいけない時の耐久性基準なんて、想像の世界のものでしかない。でもそれを現実にするところまでが、GT-R開発という仕事のひとつである」

ハード以前に、ソフトを作らなければ、DoもCheckもできない。

でも、そのことを、誰も教えてはくれない。

<第21回>マニュアル作りに苦労した感じのする有名コンサルタント

神田昌典さんといえば、知的プロフェッショナルの権化のような有名コンサルタントですが、時々、スゴイ苦労人だなと思わせる瞬間が見えて「こんなに頭の良い人だけど、我々と同じように悩んだこともあるのだろうな」と親近感を覚えることがあります。

サンマルク創始者であり、昨年惜しくもお亡くなりになった片山直之さんとの対話では、「組織のシステム化」や「使われるマニュアル」がメインのテーマになっていました。

その中で、普段は明晰な言葉で考えを開陳する神田さんが、こんな具合にしゃべった瞬間があります。

「私思うんですけど、通常の人はなかなかその・・・システムと言ったって初めから綺麗に書けるワケじゃないじゃないですか」

これは、従業員の教育マニュアルのことですが、マニュアルそのもののことというより、作っている最中の経営者の苦心にスポットを当てて話している感じです。

「自分は書きながら思考しながらまた直すっていう、何回も何回もそういうのがありますよね」

会話の流れから自然に飛び出てしまった質問のフレーズであることが明白で、特に後段の最初の「自分は」が、文章にすると違和感があります。

これは神田さんが聴衆の気持ちの代弁者という立場を思わず離れて、ご自身の経験を言葉にしてしまったからのように感じられます。

大体、このくだりが妙にしどろもどろなトーンでしゃべっていて、どうにも神田さんらしくない。

(かなり苦労したんだろうな、マニュアル作り)

と思う一方、

(マニュアルを作ろうと、本気で取り組んだのだろうな)

という証だとも感じます。

最近の執筆状況

ご無沙汰しております。
このサイトよりも、小説サイトのほうが遥かにご無沙汰しております。

書きかけの「宮城県株式会社のケース」を最後に投稿してからすでに半年が過ぎています。
この間に、初のセミナー開催を行い、勤め先の事業拡大などの変動に加え、小説にもこれまでになかった変化をつけようとあれこれ苦心していました。

とりあえず、色々な方のご意見で小説のタイトルについては見直すことにしました。

seesaaブログで書き始めた時のタイトルは『四緑文鳥の小説』で、現在は『法人掌當』ですが、このタイトルがわかりづらいという声が多く不評のようです。

現在の私の活動は「データベースのトリセツ」というコンセプトを中心にしており、小説はその実践編という位置づけのため、『法人掌當』改め『手のひらのDB』というタイトルにしようと思います。

また、ストーリーを文章で進める一方、手相鑑定部分を動画で表現してみようと思います。

これは当初からの悩みどころだったのですが、小説の文章だけで手相を解説するのが非常に厳しく、いっそそこは自分がしゃべってしまおうと考えました。

そうなると、動画を作ってアップするという、機械系が苦手な私にとっての難関を通らねばならないため、非常に時間がかかっています。
もう少し時間がかかりそうなのですが、そう遠くない将来に「宮城県株式会社のケース」の動画をアップし、滞っていたその後の展開を掲載して終了しようと思っています。

自作「秋田県株式会社のケース」もすでに書き始めているため、宮城が終わり次第掲載を始めるつもりです。
読者の方々には大変申し訳ありませんが、もうしばらくお待ちくださいますようお願い致します。

連想連発力は賢く見える説

ひとつの見聞に対して、いくつもの切り口を見つけられる人は、はたから見ると賢く見えるのではないかと思います。

たとえば、『笑点』の大喜利。

たったひとつのお題に、次々にいろんな回答ができる落語家さん達を見ると、本当に頭が良いなぁと思えないでしょうか。
しかも、即座にというところがポイントです。
そしてそれが連発できるなんて、どれだけ頭の回転が速いのだろうかとつくづく感心します。

こういうのは、不断の努力によって身に付く能力なのでしょう。

私も見習いたいと日頃から思っていて、何かを初見したときに色々考えるようにしています。
あまり人に言えない、しょうもない内容のものでもいいと思います。

そんな中、結構お気に入りのものがありますのでひとつだけ紹介します。

『城之内クンの【右手に盾を左手に剣を】をオレの財布に発動! 千円札と一万円札を入れ替えるゼッ!』

遊☆戯☆王 初見時の突込み的発想です。

<第20回>デキるサラリーマンの予測力(10)

ちなみに「職場における記憶」は、個人的なものはもちろん、誰もがアクセスできる各種の共有情報も意味します。

共有情報をあなたならではのキーアイテムにするのは、原理原則から言うと難しいのですが、その共有情報の引き出し方が多角的であれば、それだけでも特殊性があります。
それにスピードが加わると、価値はさらに高くなります。

幸いなことに、効率主義者は言葉を変えれば面倒くさがりですから、ち密な計算力や卓抜した即断力を持ちながらも「たかがデータ探し」に対しては、アプローチはスタンダードな方法でしか行わないことが多い。

「それで成果を出せているのだからいいだろう」
という主張に反論したいのではなく、共有データの扱い方を工夫することに対し、ライバルは意外なほど少ないということが言いたいのです。

<第19回>デキるサラリーマンの予測力(9)

若いときだけ通用する『範囲の狭い予測力』で、目の前の作業能力を向上させるタイプはせいぜい20代~30代前半までが旬であり、予測力の範囲を広げていく努力をしないとやがてはお荷物扱いされると、前々回から述べています。

目の前の作業をこなすための高い能力は、あくまでも期間限定のビギナー技。“ちょっと高度な繰り返し作業”にすぎません。

<第18回>デキるサラリーマンの予測力(8)

歳をとり経験も増え、ふと昔を振り返るようになったとします。

「そういえばオレ、若い頃は作業内容が分岐してしまう程度のことを『仕事の幅が広がったぜ』なんて思ってたなぁ。あのくらいのことを『広範囲』と思っていた頃が懐かしい」

当時とは打って変わって仕事の幅が広がり、管理者としての負担が身にしみるようになっています。

作業ボリュームの多さを絶対視していたことを稚拙に感じ、恥ずかしくなるようなら、その人は経験相応に成長したといえます。
作業量の多さに気負って意気揚々と活躍する若手の姿に嫉妬しているようなら、管理者としての成長は全然甘い。
経営陣の期待に応えているとは到底思えません。

<第17回>デキるサラリーマンの予測力(7)

前回、狭い範囲の予測力で活躍した若者がその評価に安住し、伸びしろを放棄すると後年苦しくなるという話をしました。

『予測力』と“デキるサラリーマン”の関係性を言い換えると
発揮する予測力の範囲 × 発揮者自身に残っている“現役”の持ち時間 = デキるサラリーマン度
という公式が当てはまる気がします。

残りの持ち時間が少なくなるほど、予測力の影響範囲が広く取られる必要があるということです。

<第16回>デキるサラリーマンの予測力(6)

前回ディスってしまいましたが、実は「知っている範囲内のことならできる人」が使う限定的な『予測力』でも、身に付けさえすれば、それだけでもかなり“デキるサラリーマン”です。
特に20代から30代の前半くらいまでは上司からは認められ、同僚からは頼りにされるので、ついついそのレベルに腰を落ち着けてしまいがちです。

しかし、20年以上ビジネスの現場を見続けていて気付くのですが、若い頃早々にデキる評判を獲得したことに気を良くし、伸びしろを放棄してしまったことで、役職に付いたころからかなり苦しい状況に陥っていく人が大勢います。