岩手県株式会社の【法人】鑑定を終えて

岩手県株式会社の鑑定編も、ようやく終わりました。
鑑定の様子を知りたい方はこちら
『ビールの指輪』だの『スタビライザー』だの、具体名の多い回でした。
前3回とは異なり、面接室を出るところで終了しなかった話です。
一応のけじめをつけるために、鑑定後の動きまでを追ってみました。

この話も前回の青森県株式会社と同じく、書き始めてから大幅な変更が生じました。
「ノウハウをWEBで無料公開」というのが当初考えていた解決法だったのですが、小説の中でも否定したように、それだと解決時期が読めなくなるうえ、ひやかしの問いあわせや技術相談が次々と舞い込み、岩手社のわずらわしさを増加させ、逆効果になります。

短期決戦でカタをつけるには、やはり権威ある存在からのキツイ一喝を、元受であるビア社に喰らわすのが良いと考え、マスコミの活用を発想したところ、エレクトロニクスの第一人者というオマケまでついてきました。

「何もそこまでやらなくても、『大量生産には応じられない』と主張してさっさと断ればよかったのじゃないか?」とも考えましたが、今回はその、「断って解放されるまでの動き」に焦点を当てた話にしたかったのです(岩手社は自分からは断らず、相手の手を火傷させて放させましたが)。

「この仕事、これ以上自社では受けられない」という事態に接したとき、社長の責任感が強ければ強いほど、その決断にはためらいも生じるでしょうし、いざ心情を吐露してからの交渉やら社内への説明やら、仕事を断ったことによる業績のインパクトやらが十重二十重に心を取り囲んで、責め苦に遭うことでしょう。
岩手社の社長自身がそんなに悩んでいたわけではないのですが、それを傍目で見ている主人公が感情移入する形で表現してみました。

無名だった会社が急激に成長したとき、立ち上げ当初から付き合ってくれている地元の小さな協力会社のキャパシティでは対応しきれなくなり、パンクしてダメージを受けることは実際にある話です。
「そんなに成長できてうらやましい」と感じるかもしれませんが、その渦中にいる当事者たちにとってはたまったものではありません。

このときに、「自社ではもう無理だから、この仕事から足を洗おう」と考えるか「このニーズに応えられる新体制を組んで、大いに事業を伸ばそう」と考えるかは、社長のタイプにもよるでしょう。

今回の話で、岩手社が早々に仕事を手放せば、『ビールの指輪』というコンセプトは市場から消えてしまったと思います。

逆に「このチャンスに事業拡大を狙おう」と、効率重視の作戦展開をするタイプなら、プロジェクトを企画して外注や増員など「経営」で何とか対処しようとして、それはそれはストレスフルな職場環境を創造したことと思います。
上手くいけば『一将功なりて万骨枯る』的な成功をおさめ、逆の場合は多くの関係者たちを路頭に迷わす羽目になったかもしれません。

岩手社は、ビア社の無理難題に、ただひたすら繰り返す作業で対応しようとした初動の遅れが、事態の収束に役立った形になりました。

逆の例として、無理難題を受け入れて実績を上げる戦略は、ある意味丁半バクチみたいなもので、片側に転べば1人の勝者と累々たる屍ができ、もう片側に転べば全員屍になるという結果が予想されます(もちろん、そんなネガティブな形ばかりではなく、事業拡大を図った結果、皆が幸せになる形が無いとは言いませんが、この話に限って言えば、ビア社と仲良く肩を組む気にはなれませんでした)。

無理難題を受け入れず、全体的な調和を保つ戦略を採った場合、無理な背伸びによる組織の疲弊から身を守ることができます。
その結果、鳴かず飛ばずで終わってしまうかもしれませんが、協力してくれた人たちを惨憺たる形で犠牲にすることは回避できるかもしれません。

とはいえ、経営に100%の正解はありませんので、やはり『行くときはガツンと行く』という思い切りが必要です。
結局のところ、トップがどう判断するかということと、その判断にどれだけの人々がついてきてくれるかでしょうから、攻め重視か守り重視かということより、何人の人生を背負っているかという自覚によって、社長の判断は為されるのかもしれません。

いずれにせよ、小規模企業がブレイクし始めてから、理想的な社内体制を短期間に構築するのはまず不可能でしょうし、その逆に、現在ヒットの兆しがまったく無いのに社内体制構築などを真剣に考えることもしないでしょうから、そこは据え置いたまま育っていくのが一般的な企業の姿だと思います。

つまり、業務オペレーションにおける企業体質は、草創期に、社長の性質によって原型が決まり、規模が大きくなるにつれ、その骨格に合わせて自然と形成されてしまうので、システム導入を行うなら体格に合わせたオーダーメイドにするか、既製品に合わせて徹底的な肉体改造を行ってしまうかのどちらかでしょう。

今回の話に出てきたような、今の見てくれに合わせた装飾品のような基幹システムのパッケージを「将来役立つはずです」と勧めてくるような誘いに乗るのは良くないでしょう。
将来は将来の姿に変わっているので、装飾品ならその時の一瞬のトレンドに絞るべきで、今お金を出すことではありません。

どうやらこれは、岩手社では息子たちの役目になりそうです。
2代目、期待していますので頑張ってください。

青森県株式会社の【法人】鑑定を終えて<4>

これの繰り返しがパターン化するうちに、社員たちは「認められている安心感」に浸るようになります。
子供の成長過程で最も大事な親からのメッセージ「お前のことを心から愛しているよ。なぜなら、お前がお前であるからだ」が、常に社長から発されているからです。

決して「お前は○○をしてくれるからエライ」とか「お前は××を持っているからスゴイ」などとは言わないのです。
基本的に「評価」ではなく、「お前ってすごいな」という社長が受けた驚きを、そのまま伝える論調です。

青森社の社長から何となく連想してしまうことですが、古代中国の漢帝国を築いた劉邦は、自身の能力は高くないが、良い意味でそのことにあぐらをかいてしまう人だったようです。
部下の能力に嫉妬せず、細かく規則を作って束縛することもなく、嫌だと思う部下についても他人から諭されると、自分のその感情を抑えることができたといいます。

そういうトップが部下を擁して君臨し続けるうち、時間の作用で「ものが言いやすい上司」「行動責任(実行の決断)を負えばいい上司」そして、「行動の結果が失敗であっても結構許されてしまう上司」といった条件が独特な職場環境を醸成し、優秀な部下が育つだけでなく、他所からやってくるようにもなりました。

青森社の社長を漢帝国の初代皇帝になぞらえるのは、彼を誉めすぎかもしれませんが、似たタイプであることは確かなようです。
何せ彼は、ビジネスモデルを安易に組んだまま見直しもせず、膨張期のアドバイザーを間違え、店舗展開や広告などの追加投資では会社を傾ける規模で失敗し、常識はずれな人数を採用し、業績低迷に焦って上場話に乗りかけるなど、『優秀なビジネスマン』なら呆れかえってしまうような行動のオンパレードで、とても見ていられないようなダメダメぶりです。

劉邦も、宿敵の項羽との戦いでは、とことん負け続けます。
全軍崩壊レベルの敗戦や、陣を構えた項羽に恐れおののき、降伏しに出掛け、その席上で殺されかけて命からがら逃げかえってくるような情けない姿を何度も部下にさらけ出しますが、それでも優秀な部下たちが彼の傍らから去ることなく、結局それによって「最初で最後の1勝」を実現させ、項羽を降して歴史を作った名経営者です。

ダメダメ社長の一部始終を見ながらも、そここそが自分の働きやすい職場であると感じ、日常業務の延長で高い専門性を身につけ、結局それが商売にできるレベルになっていた。
これは、社員たちをそのようにしてしまう社長の手腕だったと考えれば、やはり青森社の社長は名経営者なのかもしれません。

こういうのを『人徳』というのでしょうね。
それに奢って感謝を忘れたりすると良くないですが、『徳』を『得』に置き換えて、「失わないように、感謝しておこう」などと、計算ずくでとか、義務で感謝するようでは、きっと『徳』は失われてしまうでしょう。
青森社の社長は、どうもそんな薄っぺらいタイプではないようです。どうみても「憎めないおバカさん」といった感じですが、それこそが、簡単にマネのできないこの人の才能であるように思えてなりません。

<おわり>

青森県株式会社の【法人】鑑定を終えて<3>

青森社は連年の好業績で社内留保がタンマリあったため、財務体質に余裕があったという点で、これもまたゲタを履いているのですが、以下のストーリーが展開しやすい状態にありました。

業績が下がってきた時に社長は、社員たちが醒めてしまうほど、会社が誕生してからの成長記を熱く語ります。
実は社長の不安の裏返しにすぎないのですが、「ただの強がりやごまかし」でないところが、結果的に吉と出たのでしょう。
強がりやごまかしは、構図でいえば、社長⇔社員という対立構造の中で発生しますが、共に苦難を乗り越えた物語はいわば、社会⇔オレたちと、共通の仮想敵と戦った実歴です。

そして、「熱く語るストーリー」の中で、社員ひとり一人が実名とともに、その活躍を描写されます。

「今、この業務がこの形になっているのは・・」、「大阪支社が全拠点で一番多くの営業マンを使いこなせている力の根源は・・」、「東京支社が本社のサポートまでを迅速にやり遂げられるようになったワケは・・」など、何かの成り立ちの一つひとつは、「誰それはこういうヤツで、コイツのこの働きがあったからだとオレは思っているんだ」と、社員たちの前で繰り返し語り続けるのです。
おそらくその分析も甘かったように思えますが、社長がそう考えている以上、社長の話の中ではそれが真実なのです。

非難や叱責なら、事実と違えば言い訳したくなりますが、自分に感謝して褒めてくれている相手をさえぎってまで話の腰を折れる社員は多くないでしょう。もともと、青森社に採用された社員は、フランクな社長の意思に合った人達ですから、多少の歪曲は気に留めない性格を備えています。

トップが自分の能力や働きを、他のメンバーたちに感激感動の想いと共に語ってくれるので、照れくさくもあり、呆れながら聞いているうちに、筋立てや順番が社員たちの記憶にも残るようになってきます。
そのうち、社長のトークを聞きながら「ここでそろそろ俺の出番だ」などと、うっすら期待するようにさえなります。
歌舞伎の舞台なら、掛け声をかける瞬間を狙って身構えるようなものでしょう。

ちなみに、小説の中でも描写しましたが、『社長の話は、年々ドラマチックになっている』というのは、社長にとっては偶然の産物でしょうが、これは社員たちの心に刺さるポイントです。
同じフレーズの繰り返しではなく、表現方法や、時折別のエピソードが加わることでスケールアップしてきます。
マンネリ化を防ぎ、「次はどうなるんだろう? 俺の活躍は」と、連続ドラマで次回の話が気になって、次の週を楽しみにしてしまう心理も働きます。

この場合、「次回の話」というのは『次週』ではなく、『次に社長が語ってくれる日』となります。
結構長いスパンで、楽しみにしてくれるようになります。
その間には、やたら忙しい日や、クレームを受ける日や、体調の優れない日など、様々なバイオリズムが訪れますが、ハマっている連続ドラマ(自分自身が登場するので非常に関心の高い)を楽しみに待つという底流がずっと存在します。

言葉を変えれば、社長という語り部に、会社の楽しさを見出しています。
自分を認めて称賛してくれるトップに、引き込まれています。それは、自己愛による部分も当然ありますが、いずれにせよ「ウチの社長は面白い」と家族や友人に話します。

<つづく>

青森県株式会社の【法人】鑑定を終えて<2>

青森社の社長は、忙しすぎてクレームが多発したときには、ずいぶんと大胆に大勢の人を採用しました。
昨今の企業の感覚では「ムダに人を採りすぎ」と、採用計画の段階で大鉄槌を加えられるレベルです。
しかし、青森社のケースでは、採用計画はオーナー社長自らが決定しているので、誰からも掣肘されることはありません。
「ヤバい」と思った時に、その狼狽をありのままに反映した人数が、一気に入社しています。

一時期に大勢が入社したため、最近の中小企業ではほとんどなくなっている『同期仲間』が何人もできたことが、その後の様々な事象に対する耐性を高めたり、競争意識で切磋琢磨する実感などを育む原動力になりました。

↑↑これ、この感覚・・。
私の周りでも意外に意識されていませんが、不況ゆえ新人をあまりとらなくなった環境変化に慣らされた『古き良き時代の方々』は、今の時代の人たちとの、このギャップに気づいていません。

不況以前に新人時代を過ごした自分は当たり前に『同期の仲間たちと共に、会社と付き合っていく経験』をしたけれど、今の若い世代の多くがこの感覚を持つことなく社員として日々過ごしていることに気づきません。
同じ会社に入社して、同じ文化や価値観の中で過ごしながらも、根本的な部分で共有関係を持たない相手のことを、「単に世代が違うだけの仲間」と勘違いしたまま教育している人が結構います。

上司と『ひとりっ子部下』の核家族化。
あるいは、
外(他部署)との人間関係を持たずに『家の中で一人遊びする』子供(若手)。
という状態が、ずいぶん多くなっているはずです。

兄弟(同期)の多かった時代に育ったベテランは、自分が慣れ親しんできた価値観が、少子化時代の子供(後輩)には当てはまらないという事実に直面します。
昔なら当たり前にあった、『仲間との付き合いの中で勝手に育つ部分』はそれほど期待できず、一人で情報を統合整理して結論や計算結果を出す速さを持っている割に、「肝心なところが鈍いんだよなぁ」などとブツブツ言っていたりします。

少し話がそれましたが、青森社の話に戻ります。
業務で辛い思いをしていることについて、フラットな関係でフリーダムに語らい、理解し合える仲間がいると、痛みも和らぎます。
また、「こうしたら良くなるのに」といった改善ポイントを、多数派の意見として上に伝えることでそれなりの力(発言権)を帯び、助け合いながら会社を変えていく実感を持つことができたメンバーが、後に中核をなしました。

そして、それらの改善効果や、その他さまざまな要因で業務に余裕出てきた頃になると、今度は業績降下の問題が発生します。
これも本来は、社員を不安にさせる要因です。

<つづく>

青森県株式会社の【法人】鑑定を終えて<1>

青森県株式会社の鑑定編が、ようやく終わりました。
鑑定の様子を知りたい方はこちら
書き上げるまでに3か月もかかり、その間にいろいろな心境の変化もあったせいでしょうが、当初の構想とは大幅に異なる結末となりました。

『識者を擁する企業』という条件を軸にして苦境を脱出、という筋書きは最初から変わっていないのですが、社長の扱いは完全に正負がひっくり返りました。
運頼りでどうしようもないダメ社長を、優秀な社員たちがカバーするという一点に絞ってストーリー展開するつもりでいたのですが、青森社が東京と大阪の支社を撤収するトピックが発生したときに、私の頭の中でスイッチが切り替わったようです。

「この人が、支社の閉鎖にあたって、そう簡単に社員の首切りをするだろうか?」

ビジネスの手腕という点では、もともとが金持ちのボンボンなうえ、家具レンタルの商売については「楽にひと儲けできそうだ」と、割と安易な思い付きで始めたものです。
国家機関にコネがあったことで、そこに勤める事務官たちの手助けを借り、いわば『ゲタを履いて神輿に乗って仁王立ち』といった形で、そこそこの高さの目線を得ました。完全に、地に足がついていない状態です。

まったくもって『地力』とは縁遠い経歴ではありますが、彼は鷹揚な性格という一面を持ち、人好きのする空気感をまとっています。
そのため、自分の周囲の人々に対して、心理的に敷居が低い特性を持っている、というキャラクターでした(小説の登場人物として)。

そんな彼が社員たちを日ごろどう扱っているか、について色々と考えるうちに、
(青森社の社員はなぜ、お客さんの家具選びや間取りの相談までを受けられるほど、専門的な能力を持ち得たか)
という、「識者が育成された過程」に思い至りました。

彼らの多くが青森社に入社した頃というのは、会社は急激な上り坂で、社内は鳴るような多忙さです。じっくりとものを考える暇などはありません。とにかく目の前のことを片付け続けるのが最優先で、左脳的な仕事が要求される毎日でした。

そして、成り行きで出来上がっているスキだらけの業務オペレーションでは、膨大な注文をさばききることができず、ミスを連発し始めます。
それはやがてクレームの嵐へと姿を変え、ただでさえ多忙な業務の間に、お客の怒声として強烈に割り込んできます。

こういう時によく有りがちなのは、クレーム対応にてこずる部下が、上司にその相談をしても逃げ腰で頼りにならず、無理やり前面に出されて必死でしのいでいるところに、上層部からは助け舟どころか「もっと効率を上げろ! いつまで一人の客にてこずっているのだ!」とプレッシャーがかかる、という図式です。

こうなると、社員は不安になります。
「誰も助けてくれない。まともに話を聞いてもくれない。このままだと、つぶされてしまう」
社員が不安になると生産性が下がる、というのは公式といっていいでしょう。やがて、入っては辞め、入っては辞めが繰り返されるようになり、良くないことになるのは目に見えています(あえて細かく描写しません)。

ところが逆に、社員が安心感を得ていると、創造性が発揮されて業績が上がるとか、すぐには上がらないにしても、業績が上がる地盤となるような職場環境の形成が期待できます。

<続く>