<第9回>「判断」と「作業」は別担当

秋山真之は三六式無線電信機にいち早く着目し、その採用に奔走したといわれています。
まだ階級も低い頃のことです。

戦闘力の内訳としては比重を軽くていても、通信力そのものの価値には強いこだわりを持っていました。

特定機器の採用のためにわざわざ軍制にくちばしを入れるなどは、よほどのことでしょう。

「4大要素の中で通信力は最低だから、通信機以外の他の要素の研究に力を入れよう」という考えとは、大いに違ったようです。

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