戦略的パワーユーザー<9>「判断」と「作業」は別担当

さて、『秋山真之戦術論集』、もう少し掘り起こしてみたいと思います。
戦闘力を構成する4つの力のうちの4番目、「通信力」についてです。
通信力の比重は戦闘力の中でも最も低く、秋山真之の差配では「1」としてあります。

通信力を構成する『機力』として、信号機、無線電信機、艦内通信機が挙げられ、『術力』としては信号術、電信術、その他通信技術となっています。

信号機は目視範囲内の他艦との通信用機器。無線電信機は目視範囲を問わない通信用機器で、同じ海域内にいる味方への通信のほか「秋山真之の出撃電文」でも書いたように、対馬海峡から遠く離れた東京への通信にも使われました。
艦内通信機は読んで字のごとく、自艦の内部にいる乗組員への通信用で、日露戦争当時には「伝声管」といったものが使われていたようです。

通信力についてのくだりで秋山真之は、「通信力が戦闘力の価値第4位にあるのは効能が低いからということではなく、(当時の)戦闘自体がおおむね人間の視界内で行われるため、人工機関に頼ることが他の力に比べて少ないからである」と言っています。
人工機関(機力)に頼ることが少ないということは、機力 × 術力を戦闘力とする秋山式の戦術計算でいえば、被乗数そのものが小さいということで、乗算の積としては他の3要素に比べて小さくならざるを得ず、だから「価値4位」としているようです。

しかし、通信機関の品質については大変厳しく、「艦内通信、艦外通信の別を問わず、確実にして且つ迅速なるものを要す」とし、確実だが遅いとか、早いけれど不確実な通信機は認めないという価値観を徹底しています。

秋山真之は三六式無線電信機にいち早く着目し、その採用に奔走したといわれています。
戦闘力の内訳としては比重を軽くしましたが、通信力そのものの価値は、特定機器の採用のためにわざわざ軍制にくちばしを入れるほど重視しており、「4大要素としては低いから、通信機以外の他の要素の研究に力を入れよう」と考えてしまうのは間違いです。

私は10年ほど前に初めてこの本を読んだとき、「通信力」のくだりでもマーカーを引いていて、それは次の1文です。
「将校の担任に属する通信法の制定に至りては最も明晰なる組織的脳力を要する至難の事業なりとす。」

通信力の『術力』は、各種通信機を使用する技術であって、それは下士卒の業務になり、その練習や実施は「決められたとおり」にすればよいため、比較的容易だとしています。
ということで、通信力において難しいのは「下士卒の業務運用法を決める」ことであるとしています。

つまり、戦術を円滑かつ効果的に行わしめるための『仕組』づくりが「明晰なる組織的脳力要する至難の事業」であると秋山真之は規定しているわけです。

現場作業員に運用の制定までを丸投げして「これはお前たちが受け持つ『作業』だ」と言い放つ将校は、使えない通信機と同じで秋山教官からは劣等生の烙印を押されてしまうでしょう。
ビジネスの現場において、こういった「将校」のような人は非常に多く散見されますが、『仕組』の発想がない土壌で育ったベテランが陥りやすい一特徴です。
戦術的なパワーユーザーは、一業務に「判断」と「作業」が混在する質の悪い指示を、その経験を活かして分けてしまうことに比較的長けています。
だから、「作業」だけを抜き出してそれを自動化するツールを作れたりするのですが、その効果を汎用化できないという点で別な弊害をもたらすことが多い。

ただ、上で述べたように、それは彼ら戦術的パワーユーザーのせいばかりではなく、そういった質の悪い指示を出す「将校さん」たちに原因の大半があるのではないでしょうか?

『秋山真之戦術論集』、面白いです。次回もこれを題材に話を広げてみたいと思います。

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