<第8回>戦闘力を高める秘訣

『秋山真之戦術論集』は巻末の表示を見ると「2005年12月10日 初版発行」となっています。
私が購入したのは発売から間もないころで、大きな書店では平積みで置いてあったように記憶しています。
内容や価格からして、その後版を重ねたとしても、発行部数自体は少ないでしょう。ひょっとしたら初版本しか存在していないかもしれません。むしろその可能性が高く、世間に出回ったのは5千部にも満たないのではないでしょうか。

今改めて読み返すと、私が書き連ねている『戦略的パワーユーザー』についての記述の源泉が、この中に随分あることに気づかされます。
その他の読書から得られたインスピレーションや、自分の実体験を経たオリジナリティがアレンジされているため、そう感じられることはほとんどありませんが、ビジネス上の論理構築や表現方法は、この本から得られたものが多い気がします。

ところで、攻撃力に関する論述のごく最初の部分で、当時の私がマーカーを引いたところがあります。
「攻撃力のうち、人的能力であるため定まった形を持たない『術力』は、兵器として形をもって存在する『機力』の活用において顕在化し、一定の成功を得るもとになるものだ」という一文です。

元の文をちょっとだけ引用すると、以下の記述です。
「攻撃力の無形的術力は有形的機力を活用して其潜力を現力に変化し或る成功を為さしむるものにして・・・」
とあります。

術力がゼロではどんなに優れた兵器を持っていても効果はゼロになり(無限大 × ゼロ = 0)、機力が小さくても術力が大きければ、高い機力を使いこなせない敵よりも、むしろ攻撃力は高くなると言っています。

「基幹システムに金をかければウチの業務は低減して人も減らせる」とばかりに、術力の養成を無視してスペックの高さばかりを頼りにしたら、扱いづらい新システムに振り回されたあげく期待した効果は得られなかった、という実例は枚挙にいとまがありませんが、乗算の法則としてそうなるのは当たり前の話です。

有形の機力を金の力で調達するのは、お手軽でおまけにスピーディーに思えますが、企業の戦闘力も乗算であることを忘れてはいけません。
システム会社は「できる限りお力になります」と言いますが、彼らは土に植える作物(機力)を調達する役目しか果たしません。
植えた作物を育てて収穫に導く土壌の養成(術力の養成)は、システムを依頼する会社が果たすべき無形の課題で、それの出来次第で戦闘力は大きく変わります。

ほとんどの会社は術力の養成から目を背けて、「システムさえ入れれば改善される」と、自社の課題を放棄し、乗算の乗数を自ら下げてしまいます。
痩せて悪化した土壌に作物を植えれば、当然作物にも悪影響があります。
養分吸収が弱く、虫を追っ払う天然の害虫忌避成分は作れず、温湿度や日照など外界変化への適応力が低く、常に何らかの手(費用)をかけながらでないと一定の成果が出せなくなります。

システム導入の結果増加(発生)することになったコスト(振り回され費)は、システム導入のために発生したコスト(システム会社への支払い)が霞んでしまうほど膨れ上がっても、日常業務に根差した支出になっているため意識されず、組織自体がそれほどの『高コスト体質』になってしまっていることには気づけません。

秋山真之が「連合艦隊解散の辞」で述べている(実際に読み上げたのは東郷平八郎)「百発百中の一砲能く百発一中の敵砲百門に対抗し得るを覚らば・・・」という部分は、“良い兵器を持て”と言っているわけではなく、兵器は常に進歩するものとはいえ完全無欠には成り難いので、これを効果的に活用する術を構ずべきは使う側であり、研究を怠るなという意味だそうです。
軍人たるもの、平時であれ戦時であれ、常に術力の養成に努めますと宣言することで、当の軍人を戒めているものであることを、『秋山真之戦術論集』の編者もふれています。

前回、戦闘力の4種がそれぞれ『機力』と『術力』で構成されているということを紹介しましたが、秋山真之は「機力は造兵家、術力は用兵家の業務」と分けています。
造兵家は、術力に頼らずとも成果を出せる兵器開発を探求する義務があり、用兵家は実践者の立場から積極的に欠点の改善要求をしつつ、その欠点を持つ現有兵器の最大効果を生むための探求が義務であるとしています。

造兵家がシステム会社で、用兵家がクライアント企業と言い換えると、実に様々な問題点が見えてきます。
また、自社のシステム室が造兵家で、その他各部署のパソコン利用者たちが用兵家である面もあります。

いずれにせよ、誰かが形として用意してくれた形而上の存在である『機力』にばかり目が向き、対極にある無形の『術力』を養うことには目が向きません。
もしくは、資格試験の実力養成のような、本来の術力養成とは次元を異にする形として扱われ、誤解を招いているのが現状です。

秋山真之は、勝ちに奢った武人が練磨の心を忘れて国家を滅ぼす要因になることを、同じ武人として案じ、日露戦争に勝利した日本人がまさにその轍を踏みかねないことを憂慮していたといいます。
そのため、「連合艦隊解散の辞」の最後に「勝って兜の緒を締めよ」という古人の言葉を引いて締めくくっているようです。

事業が上り坂にある企業が一時的な成功(成長)に奢ったときに陥る『機力』偏重主義が、システム導入の失敗という通過儀礼を生むもとになっていることも、これと全く同じことだと思います。

戦略的パワーユーザーは、このようなことが起きないよう、その感性と実務力を旋回させてこの問題に取り組まなければなりませんが、その前に、『戦略的パワーユーザー』を理解し、育むことができる経営者を生み出さなくてはなりません。

今回はここで終わりますが、もう少し『秋山真之戦術論集』を題材に話を進めてみることにします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です