<第5回>秋山真之が学生に講義した戦略

『秋山真之戦術論集』という書籍があります。
近代の天才的参謀、秋山真之が海軍大学校で講義していた内容をまとめたものです。
軍事に関する内容のため、大きな書店ではミリタリー本の棚に置かれていると思いますが、小さな書店だと歴史人文の棚にあるかもしれません。
しかし、残念ながら「ビジネス」には分類されないようです。個人的にはしても良いと思うのですが。

この本には、日露戦争当時のアメリカ大統領が感銘を受け、自国の軍に英訳文を配布したという、歴史に名高い「聯合艦隊解散之辞(連合艦隊解散の辞)」が全文掲載されています。
この「解散の辞」はスラスラと読み下せ(る部分もあり)ますので、フムフムと読んでいて思うのは、誰もが知っている定理でありながら、日常は観念的にしか考えたりしゃべったりできないことを、論理的かつ簡潔な一言で言い表す才能です。

名文というのは大上段に構えて難しいことや深いことを記したものではなく、読ませた内容を「自分が主体的に理解した」と読み手に思わせるような文章のことではないかと思えてきます。

とはいえこの本は、大半が文語文(学校で古文の時間に習うようなもの)で書かれており、非常にとっつきにくいのと、分厚くて持ち運びには不便であり、おまけに結構金額も張るので、読みこなす自信がない限り、気軽に買える本ではありません。

ただし、小説『坂の上の雲』やスーパーファミコンの『アースライト』で何度も目にする、「巡洋艦」や「駆逐艦」などの定義があいまいで、調べたいけどウィキペディアであまり詳細に書いてあるとそれも理解しづらい、という人にとっては、大は「戦艦」、小は「水雷艇」まで、明治の頃のシンプルな定義で簡潔に説明されていて興味深く読めます。
そこだけなら数ページしかないので、書店で立ち読みすれば充分です。
あっ…、でも【法人】は立ち読みできませんね。やっぱり誰かに買ってもらって、社内においてもらうようにしましょう。

本題に戻ります。
「戦術論集」の名のとおり、この本には艦隊の編成や戦闘隊形の運用、また補給や連絡などの戦務に至るまで、具体的な実務が緻密に書かれていますが、それらの大本である『戦略』について記されている部分がわずかですがあるので、そこに少し触れてみましょう。

最初に断っておきますが、以下の記述は私の意訳が大量に入り込み、おまけに陸戦での表現となっています。
初めて読んでから既に数年経っており、原書を読み直す前に文章構成したので、海戦が陸戦に変わってしまいました。
広い海域での艦隊の動きは、私にはイメージしづらいからでしょうが、秋山真之は海軍作戦を考えるときに「海陸の区別はないので陸戦からも大いに学べ」と言っていた人なので、その精神に私も便乗させてもらいます。

書いてあることを書き写すだけでは意味がないし、ブログであまり長い引用をすると権利などの問題も発生するでしょうから、あくまでも四緑文鳥の解釈で進めます。

例えば、戦局全般から見て、重要な地点がある。
敵よりも先にその地点に到達して戦陣を構えてしまうことが、戦いを有利に進める条件だという場合の戦略は、当初私が考えていた概念とは全く違いました。

秋山真之は、こういう局面では、「効果的な戦闘」ではなく、「迅速な移動」が軍全体の効果的な勝ち方(つまり『戦略』)であるということを言っています。

「戦闘」を有利に進めることだけが「戦略」の役割ではない、という点が大変新鮮なことに思えました。

状況に応じて、「戦略」はその姿をいかようにも変化させるのです。
そうなるとまず、部隊が辿るルートは戦闘メインの場合とは違ってきます。
主務が「移動」になるので、重火器が最大効果を生む配置などは考慮されないでしょう。もし戦うことになったとしても、がっぷり四つに組む「会戦」の形をとらず「遭遇戦」になり、あくまでも移動を補佐するための撃退戦法になります。

となれば当然、用意する武器弾薬の内訳や、現場での指揮命令の伝達方法などは、純粋な戦闘時の場合とは異なってきます。
つまり、戦略に応変して、適切な「仕組」が要求されます。

下士官や兵卒は、その適切な仕組に基づいて、我が身を運ぶ担当者と、物資を運ぶ担当者、そして遭遇戦に備える担当者に分かれ、それぞれの役割を演じつつ、「前進作業」を繰り返すことになります。
これが「戦術」です。

それらの準備により前進が効果的に為され、敵よりも早くその地点に到達した場合は、かなりの確率で戦闘が回避されます。
なぜなら、敵側もその地点の重要性を知っている場合は、そこが先に敵におさえられた以上、もはや戦闘を行っても勝ち目は薄いと悟り、戦力温存のため、その戦域から撤退するからです。
敵を殺して勝つには戦闘が必要で、そのぶん味方も消耗することになるが、敵を屈服させて勝つことができるなら、必ずしも戦闘を要しないということです。

戦わずに勝つのが最上の策ですから、徒競走で早いことが勝ちという、敵側との共通認識を作り出し、士卒をしてそれを全うさせるのが、『軍全体の効果的な勝ち方』というわけです。
高等司令部が戦略目的をあやまたず、円滑な戦術を実施するための効果的な仕組を準備できれば、実施部隊の消耗を避けて次の戦いをより良い状態で迎えることができます。

秋山真之が語った『戦略』についての論述を、私はそのように解釈しました。文章そのものはほとんど覚えていませんが、逆に言えば、数年経ってからでもその時の印象を元に文章構成して他人に説明できるほど、強烈な記憶を残しました。
分厚い本ですが、戦略について語っているページ数はほんのわずかですから、この部分は頑張って読んでみてもよいかもしれません。

私の意訳は原型をとどめていないので、真之さんの論旨展開を読むと、全く違う解釈が成立するかもしれませんが、私の意訳がきっかけで、難解と思っていた本へのとっかかりが見つかる可能性はあります。
そうなれば、高い本ですが、支払っただけの代金(投資)に対するリターンは大きいでしょう。

さらにこの本を読みこなすコツを言えば、よほどの興味を感じないかぎり、そこだけ読んで腹に落ちたら、後はサッサと読むことを放棄してしまうことでしょう。
【戦略と戦術の区別】という命題を果たすためにこの本を活用するなら、ボリュームゾーンはそこだけです。
エンジンでいえばパワーバンドで、車を高速で直進させるのに最も適切な領域ですので、『戦略』の習得が加速するいちばん「おいしい」箇所でしょう。

こういう目的に絞った読み方をするなら、後の部分(要するに99%)から得られるものは少なく、「展開された戦術というものは、かくも複雑多岐で緻密で、且つ、それを上手に表現しなければ教育カリキュラムとして機能しないものなのだな」という、『戦略に関する文章量との差』を感じられればそれだけで良いと思います。
「潜在的存在」と「顕在的存在」の表現量の差がこうなる、という捉え方でもよいと思います。

なお、重ねて誤解のないように付け加えますが、上記の考え方は、目的が【戦略と戦術の区別】だった場合です。秋山戦術を読むことが目的であれば、当然すべてを熟読すべきです。念のため。

今回、「パワーユーザー」について触れないまま書いてきてしまいました。
これだけで終わるとただの書評のようですが、長くなるのでいったん終わります。
次回は「潜在的存在(戦略)」と「顕在的存在(戦術)」について書いてみたいと思います。

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