戦略的パワーユーザー<1>戦略とは見えざるもの

「戦略とは見えざるもの」と言います。

A:「今日午後から客先回りするから、サンプル品の出庫しておいてくれる?」
B:「あ、はい。今『戦略』やってるので、終わったらすぐやります」
なんていうフレーズはまず聞かれません。

『戦略』と直に書いてあると違和感があるので、例えば
B:「今、Z商事グループ囲い込み企画の素案を作ってるんで、それを先にやらせてください」
というと、何やらただの事務作業とは違って、作戦立案だから戦略かなと思ってしまいそうです。

しかし、今、営業部全体のミッションが“得意先の深掘り”なら、「○○グループの囲い込み」というのは繰り返し業務(戦術)です。「企画」と呼ばれてはいても戦略とまでは言えません。相手の会社ごとに細部の造りが異なる“パッケージの組み立て作業”といえるでしょう。
といって、そういった作業のレベルが低いと言っているわけではなく、『戦略』と『戦術』という言葉が誤用されやすい代表例ではないかと思うのです。

また、私の実体験で、こういう例もあります。
「仕訳伝票入力は『戦術』だが、IRや税務、キャッシュフロー計算書作成は『戦略』だ」
として、経理部の中でも自分が一番と自負する決算担当者(部長ではない上司)と仕事をしたことがあります。

しかし、これも違う気がします。
企業のアカウンティング業務としてレベルの高低があったにしても、やっていることはお互い“経理作業”ですから、決算業務だって毎回やっている繰り返し作業にすぎません。

これもまさに、『戦略』『戦術』誤用の主な例であると、ランチェスター経営の竹田陽一先生は述べており、曰く「戦術レベルの高いものを戦略と勘違いしている人もいる」とのことです。
むろん、企業活動に高い効果を生むIRの方策などは戦略領域と言えますが、それは経営陣の仕事であり、せっせと財務諸表を作っている人間がしているのはれっきとした戦術です。

ちなみに余談ですが、当時の私も決算担当で、「IR等が戦略」と主張する彼が言うところの「高いレベル」の端くれでしたが、彼の価値観には賛同できませんでした。
なぜなら、我々のような決算担当ではなく、振替伝票の作成や各種請求書の取りまとめをしながら、電話や来客対応までをテキパキとこなしていく「レベルが高くないほう」の社員たちのほうが、頭の切り替えの早さや対人接触能力などを含め、むしろレベルが高かったと思うからです。
その会社では経理部に対し、全国の営業所や取引先との応接機能に加え、本社への来客対応までが課されていました。だから、それも込みで考えないとフェアじゃないと思えたからです。

さて、この稿は【戦略的パワーユーザー】というものについて述べたいと考えて書き始めましたが、さすがに一息で書ききれないと思いますので、少し段階を踏みたいと思います。

戦略は「見えざるもの」ですが、パワーユーザーというのは、「どんな人がそれに該当するか」の基準そのものが曖昧なので、見えるとか見えないとか以前に、存在自体が不確実です。

たとえば、「戦略」という言葉は一般化しているので、意味を深く知らなくても、その単語を聞けば何となく馴染みがありますが、「パワーユーザー」という言葉を聞いてもピンとこない人のほうが圧倒的に多い。
「○○さんみたいな人」と、特定の人の名前を挙げ、その業務スタイルと絡めて表現しないとニュアンスすら伝わらず、伝わったとしても解釈の仕方は聞いた人によりまちまちです。

<BIツール>の記事でも少し書きましたが、戦略を展開する適切な仕組(主に基幹システム)が準備できれば戦術(日常業務)の成果が大きくなるので、システム関発にかけた投資利回りのアップが狙えます。
ゆえに、希望通りに動くシステムを導入するために、戦術-仕組間の通訳ができる彼らをどう活かすかが非常に大きな要素になるのですが、彼らの多くは扱いが難しいということは、<パワーユーザー>の記事に書いたとおりです。

だから、経営的な意を汲み、積極的に協力してくれるパワーユーザーがいたとすれば、それは得難い味方が加わったようなものです。

しかしここでもひとつ問題があります。
戦術の叩き上げで成長したパワーユーザーという人種に戦略発想を押し込むと、もともと持っている戦術能力がスポイルされる場合があります。

戦略と戦術は相反するものではありませんが、現場感覚で叩き上げた戦術家を、その現場から少しでも遠ざけると純度が落ち、炭酸の気が抜けたようになってしまうのです。
本人たちにどこまで自覚があるかはともかく、自分がしている日常業務をシステム化するためには、素人では到底気づかない点までしっかり血の通った形で自動化させる“ユーザー”としての当事者感覚が必要なので、戦術家としての純度が落ちた状態でクオリティーを維持するには、性格が相当な粘着質か、逆に徹底して淡白でないと十中八九環境の変化にやられてしまいます。
これがスポイルです。

スポイルされてしまうと、ドラクエⅡの真ん中のキャラ(サマルトリア王子)みたいな、どっちつかずの能力者になってしまいます。肉体戦は勇者より弱く、魔力は魔法使いに劣るので、攻撃力や魔法力のパラメータ上昇用アイテムを獲得した時に無視されてしまうアイツです。
優秀な勇者を抜擢して、余計なことを吹き込んで真ん中キャラにすると、大事な現場感覚が失われて発想力が落ちたり、同じ現場のメンバーから疎んじられたりすることがあります。

ちなみに、疎んじられるケースとして、自分の実体験を少し話します。
私は、経理と兼務していた経営企画室業務の一環で、売上仕入の分析表を作っていましたが、その結果は何故か会計監査対応にしか使われていませんでした。
使い道がそれだけではもったいないので、私はこれを営業支援に使おうと、社内広報化を画策しました。

しかしそんな私の姿は、先ほど述べた決算担当時代の私の上司(優秀な勇者)からすると、遊んでいるようにしか見えないようで、「そんな趣味みたいなことをしている暇があれば、もっと伝票をウォッチして間違いを探せ」などと陰に日に言われることがありました(経営企画室兼務の私にとってはそれも仕事だったのですが)。

データベースを駆使して決算作業を省力化していたために、経理部員としての私自身の仕事が、新たな試みのために遅くなることはなく、逆に開示日は徐々に前倒しになっていたので、落ち度と言えるようなものはなかったはずですが、私の居心地が非常に悪かったのは確かです。

ちなみに、私が分析結果を営業支援の手法として使うために「社内広報化」という形を狙ったのは、その会社のコミュニケーションに大変大きな問題があると感じていたからです。
入社後間もなく、営業所内、営業所間、営業所-本社間、そして本社内部それぞれに、形容しようのない重苦しさが感じられ、人事や総務の社員から話を聞くにつれ、それは気のせいではなかったことが判明しました。

これを打破しなければ社員の成長の妨げになり、組織の成長も見込めないと考えるようになりました。
同じ事業スタイル(パターン)の繰り返しで会社が存続できなくなってきたとき、新しい道を切り開くためには、社員と組織の成長は必須で、そのための人材を生みだせる土壌を作っておきたかったのです。

しかし、新参の現場作業員がそんな配慮をしてアクションを起こし、社内を啓発していくのは容易なことではありません。
今でこそ、その会社の幹部たちと会って話をすると、私の言うことがスルスルと受け入れられるようになっていますが、当時の私には理解者がおらず、実に孤独でした。
私の話の内容自体は、今も当時も変わっていないだけに、まさに「今昔の感」に堪えません。

このように一作業員が、自分の担当業務の中でシームレスな発想をした場合でも、経営トップがしっかりと後ろ盾になってくれれば、少なくとも私のように疎んじられる懸念は(表面上は)ありませんので、その点は少し安心でしょう。
しかし、下っ端の側からトップの理解を得ようとしても難しいでしょうから、やはり上から発見してもらわないと中々うまくはいかないようです。
この時、その中間に位置する「上司」という存在が、この辺りのことを大きく左右してしまうのですが、そこに触れると【戦略的パワーユーザー】という主題から逸れてしまうので、この先も、「トップと作業員」という関係に絞って話を進めていきます。

ということで、ここで一旦話を区切らせてもらいます。

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